バス停を降りると目の前が試験場だ。何の変哲もない建物はシンプルにも殺風景にも見える。その日の気分次第というところか。心に重さを抱えたオレには垢抜けない、野暮ったい建物にしか見えなかった。ただし、環境は申し分ない。よく整備された森や公園が隣接し、見る者の心を和ませてくれる。紅葉にはまだ早い。木の葉は最後の力を振り絞るかのように深い緑を滴らせていた。

  乗車していた客のほとんどがここで降りた。そして、一目散に入り口へと向かう。一様に早足だ。人間の心理とはおもしろいもので、講習を受ける時間が早くなる訳でもないのに、なぜかひとつでも先の受付番号をと急いでしまう。かく言うオレも少しでも若い番号を取らねばならぬと、何かに急(せ)き立てられるように足を速めた。『みんな、大人気(おとなげ)ないなあ』 と顔では平静を装いながらもスピードは緩めない。これは一体何なのだ。心底には何があるのだ。『早く!早く!一歩でも先に行くんだ!』 遙か昔の生き抜くための競争原理が、飢餓時代の名残がDNAに深く刻み込まれているのだろうか。

  しかしながら、受付を早く済まさなければならない理由を持つ人もいる。前回の免許証更新のとき、教官から免許証に載っている数字について興味深い話を聞いた。免許証には上から氏名、生年月日、本籍(IC化されてからは表示されない)、住所が記(しる)されている。問題は、その次の4段目の欄だ。ここには、交付年月日が書かれているのだが、その右に5桁の数字が並んでいる。この数字が更新日の受付順だというのだ。中には、どうしても1番が欲しいという人がいるという。オレの免許証には10051とある。更新日の51番目に受付を済ませたという意味だそうだ。51?ふふふふ・・・イチローの背番号じゃないか。うれしい・・・。つ、つまり、その日1番に受付で手続きをした人が、10001という栄光の番号をもらえるということなのだ。一番が栄光かどうかは別として、この番号を取るために朝一から並ぶというのだから恐れ入る。ちなみに5桁のうち何桁までが受付順なのか、そして、その他の数字が何を意味するのかは分からない。都道府県によって違うらしいが詳細は非公開となっている。

  と・・・ここまで読み返してみて、オレはあることに気が付いた。“大人気(おとなげ)” とは “大人気(だいにんき)” と書く。これは意味深だ。“おとなげ” とは、おとならしさ、おとなとしての落ち着きや分別のことだ。“だいにんき” は読んで字のごとく。どちらもないよりある方がいいが、あり過ぎても困る。微妙な・・・おっと、ここで、愛用の万年筆のインクが切れたようだ。オレの愛器は極太だからインクの消耗が早い。交換するので少々お待ちを、と言ってもこの臨場感は伝わるまい。・・・・・(5分経過)・・・・・小用を済まし、番茶を煎れてきた。窓を開けて深呼吸も3回、気分も新たに後半に入ろうと思う。


  数字は、人間にとって切っても切れない存在だ。こだわる人はとことんこだわる。車のナンバーにしてもそうだ。1999年から地名の横の数字が2桁から3桁になった。同時に希望ナンバー制度ができ、好きなナンバーを取得できるようになった。それからは7777とか3333とか、かっこいいのかはずかしいのか分からないようなナンバーの車が増えた。企業にとっては宣伝になる場合もある。例えば、セブンイレブンが会社の車を711にしたり、リーバイス社が501を付けたり。2008年11月に登場した19番目のご当地ナンバー 「富士山」 では3776が人気と聞いた。これはちょっとなあ・・・。自分の誕生日や記念日、ラッキーナンバーを付ける人もいるが、スポーツの背番号と同じでその番号を背負うことによって気分がよくなるのならちょっとした幸せだ。もちろん手数料が必要だ。普通のナンバーなら4100円、光るプレートの場合は5300円かかる。

  オレの場合はというと、ランダムに選ばれた数字の方が好きだ。オレのために偶然選ばれたというのがいいじゃないか。どんな数字でも付き合ううちに愛着が湧いてくるものだ。話がかなりそれてしまったが、してやったりだ。これでこそオレの回顧録というものだ。話題のワープを・・・う〜む、なかなか詩的な表現だ。そう、話題のワープを楽しんでもらえたらそれでいい。最後にひとつ注意点を。希望ナンバー制で取得した場合、地名の隣の3桁の数字の右二桁が00ではなくなるそうだ。例えば3ナンバーの場合は30から99が付く。「300」 ではなく 「330」 とか 「356」 とかになる訳だ。希望ナンバー制度を利用しようと思っている人はここでも目立ってしまうことを忘れずに。


  そういえば、今年に入ってからオレの車と同じナンバーの車に何度も出会った。場所も、車種も同じではない。希望ナンバーになるような数字ではないからびっくりだ。前に、隣にと2台の同ナンバーと併走(へいそう)したこともあった。相手も、さぞかしびっくりしたことだろう。偶然同じナンバーが出会う確率は、オレのナンバーを基準に考える、つまり、オレから見たら9999分の1だが、そこにその数字のナンバーが偶然2台あると考えると、9999分の1×9999分の1に・・・なるのか?もし、そうだとしたら、約1億分の1だから、偶然は偶然でも特別の偶然ということになる。今年は運がいいのだと勝手に思いこんでみたが、その効力は如何に・・・。まだ実感としてはつかめていないが、大晦日までは希望を捨てずにいく。

  試験場に来る人は、試験や書き換えのために来る人を除くと、ほとんどが何かしらの違反を犯した人たちだ。笑顔やプラスのオーラを持った人を見かけることはほどんどない。皆、一様にあきらめに似た感情に包まれているように見える。オレの受付番号は12番だった。早足で回った分、ひとりやふたりは追い越せたかもしれない。講習まで20分ほどの間があったが、オレは階段で3階まで上がり指示された第3教場に入った。席は半分ぐらいが埋まっていた。大きな窓のせいか室内は明るく開放感にあふれてはいるのだが、如何せんそこにいる人たちには覇気がない。どんよりした空気が滞(とどこお)っているだけだ。教場にいるのは、オレ同様ただ無駄な時間を過ごさなければならないと半分ふてくされている人間ばかりだ。まずは換気だ、とオレは思った。 (つづく)

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