家を出て数10メートル先の幹線道路を渡り、200メートルほど行ったところにスーパーがある。目指すところは、そのスーパーの1階にある100円ショップだ。スーパーの入り口に鎮座する郵便ポストにタローへの葉書を入れると、オレは勇んで100円ショップに入った。年末ということもあり、100円ショップには正月グッズが所せましと並んでいる。オレの目的はポチ袋だ。そう、お年玉を入れるあの袋だ。名刺ぐらいの大きさで封筒のような形をしている。札を三つ折りにして入れるとちょうどいい。“ポチ”
は、関西の方言で祝儀、心づけを意味すると誰かのエッセイに書いてあった。元は、舞妓さんへの祝儀に使われていたらしい。今では、1年に1度、正月にしか出番の来ない役どころとなってしまったが、子どもにとっても大人にとってもなくては困る大切な季節の一品だ。
ポチ袋は、正月の風物の絵柄ものが多いが、マンガのキャラクターも勢力を伸ばしているようだ。子供の眼を惹くデザインが好まれるのだろう。それぞれ、1袋に同じものが10枚ほど入っている。さあ、品定めだ。どれにするか。オレは眼を右から左へゆっくりとすべらせた。『これだ!』
視線が左端にたどり着いた瞬間、両眼がイメージ通りのポチ袋を捉えた。赤字に白文字で大きく “大入り” と書かれた3回りほど大きなポチ袋だ。寄席等で使われる橘流寄席文字が枠いっぱいに踊り、わくわく感を誘う。他に比べるとひと際大きい。札を折らずに入れられる大きさだ。『これで、ことは為されたも同然だ』
即決したオレは、レジで消費税合わせて105円を支払い、「袋は、いりません」 と宣言して店のロゴの入ったテープを貼ってもらってから、急ぎ足で部屋に戻った。いよいよ作業開始だ。
机の上に用意したのは、ハサミ、セロテープ、油性のマジック。あとは、一筆箋だ。一筆箋とは、縦19センチ、横8センチほどの便箋で、文字通りひと言書いてサッと出すにはちょうどいい大きさの、極めて便利な代物だ。20枚〜30枚綴りで300円〜400円で買える。気楽に買えるし荷物にもならないから土産等にも喜ばれる。何を隠そう、いや、隠すつもりなど毛頭ないが、オレは一筆箋が好きだ。好きだと一言で片付けてはいけない。好きにもいろいろある。集めるのが好き、眺めるのが好き、飾るのが好き、えとせ〜とら・・・。オレの場合はというと、一筆箋で手紙を出すのが好きなのだ。お礼状や季節の便りに極太の万年筆を走らせる。インターネットや携帯のEメールもいいが、手書きの手紙のように、出す方も、もらう側も気持ちのいい通信手段なんてめったにあるものではない。手書きの味は上手い下手を通り越したところにある。字からは、体温や息遣いが伝わってくる。ちょっとだけ豪華な封筒に花や風景、仏像や祭り等の記念切手を貼って投函する。切手から心遣いを感じ取れるのもいいものだ。
オレの机の一番上の引き出しにはこの一筆箋が縦にぎっしりと詰まっている。美術館に行ったときや、海外に行ったときに買ってきたものだ。ちょっと取り出してみよう。おっ、意外とたくさんあるではないか。皆、思いで深いものばかりだ。シャガールの
『農夫と花束』、モディリアーニの 『アントニア』、ビュッフェの 『ふくろう』、スーレ、モネ、ゴーギャンの絵もある。オーストラリアで買ってきたポップな花の一筆箋は数種類ある。日本人のものでは、岡本太郎の
『若い夢』、葛飾北斎の富嶽三十六景、藤城清治の影絵、手塚治虫の 『鉄腕アトム』 等がある。他には、北京故宮・書の名宝展や無印良品のものがある。
オレは、子供が気に入りそうな一筆箋を数種類選び机の脇に置くと、立ち上がって本棚の上の貯金箱をつかんだ。何年か前に郵便局でもらった昔のポストの形をした貯金箱には、1年間貯めた500円玉が詰まっている。500円貯金は意外に簡単だ。知らぬ間に10万円貯まっていたことも何度かあった。毎日、帰ってきたら財布をチェックし、500円玉があったら使ったつもりで貯金箱に入れるのだ。やってみるといい。10万円も夢ではない。
それにしても、500円玉には不思議な魅力がある。高価でありながらふたつで1000円の価値があり、10個で5000円、20個で10000円にもなる。はははは。こんなことは子供でも計算できる。だが、実際500円をもらうとなると、子供でなくともうれしいものだ。少なくともオレはうれしい。散歩に出かけるときも、500円玉をポケットにしのばせるだけで安心だ。のどが渇いたとき、えびせんを食いたくなったとき、チョコレートが欲しくなったとき、ガリガリくんをかじりたくなったとき、など本当に頼りになる。
今年の正月、ハナとタローにはお年玉として3000円をあげた。今度の正月は、500円アップとなると3500円だが、オレは4000円ずつあげることにした。多いか少ないかは別の問題として、オレは伯父として自分の尺度で金額を考えたい。4000円は500円玉8枚だ。この8枚の500円玉をどのような形で渡すか。オレの腹はすでに決まっていた。ハナには、藤城清治の絵を選んだ。帽子をかぶった女の子の絵の一筆箋に8枚の500円玉を貼り付けた。セロテープを逆さに巻いて端と端を付けると外側が粘着面の輪ができる。その輪を一筆箋に貼り付け、その上に500円玉を載せてゆくのだ。思いのほかよく付く。バランスよく8枚を並べて、簡単なメッセージを添える。これには、濡れてもにじまない油性のマジックがいい。ここで注意点がひとつ。ポチ袋より一筆箋の方が長いから、一筆箋の端(はじ)を
『大入袋』 に合わせて2センチほど切る必要がある。
タロー用には、5枚のポチ袋と5種類の一筆箋を用意した。お袋だけではなく、親父にもヤスシにもミトさんにもせっかっく覚えた合言葉を言ってもらおう、と考えたのだ。一生に1度のことだ。罰(ばち)も当たるまい。5枚のポチ袋、それぞれの真ん中に“第1の袋”
“第2の袋” “第3の袋” “第4の袋” “第5の袋” と書き、その下には、“タローへ” “エーガより” の文字を記(しる)した。問題は中身だ。第1の袋の中には500円玉を3枚貼った一筆箋を入れ
『次はおじじにあいことばを』 と書き添える。1500円で終わるはずはないと、タローは親父にも口上を述べるはずだ。第2の袋には2枚の500円玉を付け
『まだまだ〜!次はパパだ〜』 と書く。タローはヤスシにも口上を伝えるだろう。第3、第4の袋に入れる一筆箋には500円玉をひとつずつ貼り、『ママにも言ってごらん!』
でミトさんに 「ご尊顔を拝し・・・」 『もしかして・・・もう1回おばばに言ってみたら?』 という言葉で再びお袋に 「ご尊顔を拝し・・・」 とくる。最高ではないか。そして、本当のおまけの第5の袋には100円玉を5つ貼り付けた一筆箋を入れる。去年より500円多い3500円をもらえると思っているタローの心理を利用した作戦だ。第5の袋はタローの期待の上をいくはずだ。500円玉ではなく100円玉5枚にすることで、感覚的にも視覚的にも更に喜ばそうという魂胆だ。オレはタローのうれしそうな顔を想像しながら作業を続けた。 (つづく)
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