音楽を持ち歩くことが当たり前の時代になった。今更何事だ?という声も聞こえてくるが、やはり、一度は取り上げておかねばならない問題だ。問題?いやいや、こういう場合、問題とは言わないだろう。テーマ、題材、題目、事柄、何でもいい。とにかくその存在自体を無条件で讃えたいのだ。フラッシュメモリやハードディスクが搭載された携帯音楽プレーヤーのおかげで、どれほど楽しい毎日を過ごすことができるようになったか。音楽好きにとって、その出現は奇跡とも言えるような出来事だった。

  アップル社のiPodが世界中の音楽ファンの度肝を抜いてから10年程が経った。音をデータとして送受信できるようになり、ネット配信で音楽を手に入れることができるようになったのだ。ぼく自身、このような衝撃を感じるのは3度目だ。1度目は初代ウォークマンが発売された時、2度目はレコードからCD(コンパクト・ディスク)へと代わった時だ。60年代生まれのぼくたちがどのような思いで、また、どのような形で音楽と接してきたのかを2度にわたって書いてみようと思う。

  さあ、デジタル携帯プレーヤー。この稀代の機器をひとことで言うならば “魔法の道具” だ。こんなことを書くと時代遅れだと笑われそうだが、言いたくなる理由がちゃんとある。ティーンエージャーや20代の若者諸君には、ピンとこない話であることもよく分かっている。それでも、ぼくたちの世代がどのようにして音楽を聴いていたかを知ってほしいのだ。知ることは決して悪いことではないと思う。

  携帯音楽プレーヤーは、現在、1ギガのものから160ギガのものまで数種類ある。1ギガでも数百曲、160ギガなら4万曲もが入ってしまう。4万曲・・・。いったい、いつ、どのようにして聴くのだろう。実際、自分の部屋に並ぶ数百枚のCDをすべて録音してみたが、(この場合、“録音” でいいのだろうか。音のデータをコピーしているにすぎないのだが)160ギガのハードディスクの3分の1にも達しない。容量の大きさには驚くばかりだが、自分の音楽財産のすべてを “常に” 持ち歩けるというのは、どう考えてもすごい。しかも、重さはわずか数百グラム、160ギガでも2万円ほどで買えてしまうのだ。正直言うと、ぼくはこのプレーヤーの仕組みをはっきりと理解できていない器械音痴のひとりだが、この点については、このまま分からないままでいいと思っている。次々と出てくるであろう高性能の新製品を眺めながら、ただ、すごい、すごいと驚きながら暮らしていこうと思うのだ。

  ぼくが、ロックに出会ったころ、音楽を聴くと言ったらまず、レコードだった。テレビやラジオからも音楽は流れていたが、自分の好きな曲ばかりを流してはくれない。33と3分の1回転のLPレコードは今のCDよりも値段が高く、平均2500円ぐらいだったように記憶している。今の2500円とは価値が違う。どうだろう、現代の感覚だと5000円ぐらいだろうか。簡単には買えなかった。少しずつお金を貯めて、何を買うかを絞りに絞って手に入れたものだ。ビニールを開けるときの喜びは他に例えようがなかった。LPのほかには、EP盤があった。45回転のシングル盤、いわゆるドーナツ盤で、値段はほとんどが500円だった。当然、中学生や高校生はシングル盤が中心となる。A面に1曲、B面に1曲、2曲しか入っていない。1曲250円の計算だから今よりずっと高かった。現在、ぼくの手元にあるシングル盤は、1975年1月に発売されたクイーンの 『キラークイーン』 (日本盤)だけだ。

  大学生のころレコードがなくなってしまうという話が駆けめぐった。LPの4分の1ぐらいの大きさのディスクがその座に取って代わるという。ディスクって何だ?誰にとっても信じがたい出来事だった。その後、あっという間にCDが主役となり、LPは少数派へと追いやられてしまった。

  アナログとデジタルとでは、音があきらかに違う。どちらにも長所短所がある。簡単に言うとアナログには温かみがあり、デジタルはクリアだ。どちらを選ぶかは好き嫌いの問題だが、現在は、デジタルを中心に考えるのが自然だ。中には、アナログに限るという人もいるが、ぼくは、音を聴く場合は、デジタルでもいい。ただ、楽器の場合はというと話が違ってくる。最近では、コンパクトエフェクターもほとんどがデジタルになったが、ぼくは、好んでアナログのものを使う。例えば、日本が誇るエフェクターブランドBOSSのフランジャーやオクターバーでも現行のものはどうもピンと来ない。フランジャーは、BF-3 (現行・デジタル) ではなく、BF-2 (生産終了・アナログ) を、オクターバーは、OC-3 (現行・デジタル) ではなくOC-2 (生産終了・アナログ) を使っている。音の違いは明白だ。波形上では進化しているのかもしれないが、自分の指で再現した音をイメージ通りに再現してくれるのが、ぼくにとってはアナログのエフェクターなのだ。アナログの音には、人間の耳には聞こえない高周波数と低周波数が含まれているそうだ。音として聞こえていなくても脳が感知するらしい。心地良さはここからくるのかもしれない。 (つづく)

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