2013年7月5日。個展の準備と飾り付けのため、花小金井のTool Boxへと向かう。17時までカフェとして営業しているので、閉店の頃に到着するよう16時ごろ車に乗り込んだ。弟が、作品の飾り付けと個展初日の手伝いのために泊まり込みで駆けつけてくれた。心強い。何日も前から準備していた約100点の作品と飾り付けに必要だろうと思われる道具を積み込み、書の師である一空先生のギャラリーへと向かう。先生は、飾り付けを手伝ってくださるという。お忙しい中、時間を割いていただいた。恐縮してしまうが何ともありがたい。なんせ個展など初めてのことで、何をどうしたらいいのかさっぱり分からない。先生の経験やアイデアが頼りだ。飄々という言葉は先生のためにあるようなもので、なんとも魅力的な方だ。6年前から古典を題材として、筆の使い方をたっぷりと授けていただいている。先生の常識や固定概念にとらわれない自由な発想は、想像力を刺激してくれる。

  調布から花小金井までは直線距離で10キロちょっと、車だと30分ほどで着く。これから何度となく通うことになるが、どの道で通おうかなどと考えるだけでも楽しい。直線距離だとさほど遠くはないが、鉄道を利用するとかなり面倒だ。京王線で新宿に向かい、西武新宿か高田馬場で西武新宿線に乗り換えて花小金井に行くというルートが分かりやすいが1時間かかる。反対方向の府中を回るルートはというと、京王線で分倍河原まで行きJR 南武線に乗り換えて府中本町へ。そこで、JR武蔵野線に乗り換え新小平まで。そこから12、3分歩いて西武多摩湖線に乗り萩山へ行き、更に西武線に乗り換えてやっと花小金井に到着。時間にして1時間10分、大変な道のりだ。調布からでもこんなにも時間と労力が必要だ。それも半端ではないこの暑さの中、会場にいらしてくださる方々の苦労がしのばれる。どれほどの方が来場してくださるのか想像もつかないが、大切な時間とお金を使ってぼくの作品を観にきてくれるのだと思うと気持ちが引き締まる。結局、武蔵境通りを北上し、青梅街道を左に折れるという道を選択した。

  Tool Boxでは、Oさんが準備万端で待っていてくれた。手すりにワイヤーを張り、作品を簡単に取り付けられるようにしてくれていた。作品は大きく分けて4種類。まずは、今回の個展のメインとなる作品群。 A3サイズのパネルを和紙で彩り、裏打ちした作品を板張りにしたものを貼り合わせて表装した。色々な種類の半紙に文字を書いたシンプルな“書”作品だ。手作業での裏打ちと和紙を貼る作業は、先生の指導の下、弟が担当してくれた。10種類しか作れなかったがお金と時間をかけた。

■錦繍(きんしゅう)
錦心繍口の略。美しい心と美しい言葉の意。にじませて、思い切りにじませて書いた。読めないほどに。それでも、よく見ると筆の跡はしっかりとでている。宮本輝の作品に同名の小説がある。この小説もお薦め。

■不易流行(ふえきりゅうこう)
決して変えてはならないものと、変えていかなければならないものがあるということ。すべてにおいて当てはまる言葉だ。先人の伝統を受け継ぎつつ、自分の世界を作る。個々の楽器やバンドの精神にも共通する言葉。

■啐啄(そったく)
テレビのドキュメンタリー番組で出会った言葉。
『啐』 ひな鳥が孵化するために卵の内側から殻を叩く音。
『啄』 親鳥が外側から殻を破るために卵を叩く音のこと。
言葉にするだけで、胸が熱くなる。

■融通無碍(ゆうづうむげ)
何ものにもとらわれない自由な心のこと。そうありたいと思う。大、中、小と3種類書いた。何度書いても気持ちのいい言葉。

■敬天愛人(けいてんあいじん)
天を敬い人を愛す。西郷隆盛の座右の銘。奄美に行ったときに、西郷直筆の文字を見てきた。2種類の敬天愛人、それは見事だった。西郷への尊敬の気持ちを込めて書いた。

■玲瓏(れいろう)
玉が光り輝くさま。文字自体に不思議な力がある言葉。高貴な光が連想される。

■音楽(おんがく)
音を楽しむ。音で楽しむ。そんな気持ちが表現できたとしたらうれしい。

■渾身(こんしん)
体全体のこと。腕力ではなく、体のすべてを使って音を奏でたい。渾は水が盛んに流れるさま、大きく力強いさまを表す。

■古人の跡を求めず 古人の求めたるところを求めよ
松尾芭蕉の言葉。
偉大な人が成した業績や結果を真似るのではなく、その志を真似よという意。結果ではなく、志が大切と説いている。肝に銘じたい言葉。

■無事(ぶじ)
身の上などに悪いことが起こらないという意味の他に、作為を用いず自然に任せることという意味がある。老荘の思想だ。
草書体を勉強したときの作品。この作品だけは、1年ほど前のもの。大切にとっておいた。

  次が、色紙サイズの作品。好きな言葉、気になる言葉を次々と書き落としていった。知りうる限り最高級の中国製本画仙を手に入れ、惜しみもなく書きに書いた。この紙は、墨の色や濃さにその都度反応してくれる。予想もつかないにじみやかすれが生まれることがある。紙との共作といってもいい。まだまだ新米、額に凝るような立場ではない。シンプルな額に収めた。そして、半紙の4分の1のサイズの作品。数年前に、一目ぼれした小さな額をたくさん買っておいたのが役に立った。これには、思いつくまま書いたものを入れた。文字ではないものを書き、抽象画のようなものも書いた。 Tool Boxには、この額がすっぽりと収まるような空間があった。 
(つづく)

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