2014年6月20日6時半、ぼくは満を持してパソコンに向かった。30分後の7時から、サッカー・ワールドカップ・ブラジル大会で日本が第2戦を迎える。日本は、グループリーグ初戦でコートジボワールに1-2で敗れた。今日の対戦相手ギリシャも初戦のコロンビア戦に0-3で敗れている。負けた方が決勝トーナメントへの道を絶たれるという重要な一戦だ。今編は、日本代表の試合を見ながら感じたことをリアルタイムに綴ってみようと思う。満を持してと書いたが、どうという訳ではない。いつもより早く食事をし、風呂に入って禊 を済ませ、よし、と気合を入れてテレビの前に陣取ったに過ぎない。それでも、4年に一度の祭りだ。日本代表の勇姿をリアルタイムで見届けたい。選手たちの顔は引き締まっていて覚悟も見える。今日はやってくれそうだ。エンブレムの八咫烏も躍動しているように見えるのは気のせいだろうか。

  サッカー日本代表の象徴は八咫烏(やたがらす)だ。八咫烏は、日本神話において神武天皇を大和まで案内したとされる三本足の烏だ。咫(あた)とは、長さの単位で親指と中指を広げた長さ(約18センチ)に相当する。八咫は144センチとなるが、ここでは、単に大きいという意味で使われているそうだ。三本足であることが何を意味するかについては諸説ある。天・地・人を表し “神” と “自然” と “人” が同じ太陽から生まれた兄弟であることを示すという説。古来、太陽を表す数が三であったという説。“朝日”、“昼の光”、“夕日” を表すという説。いずれにしても、太陽の神ということに違いはない。日本は日の出(いずる)国だ。日の丸が美しい。

  日本代表は第1戦とは打って変わって溌剌とした試合をしている。いい形でシュートも打てているし、ボールをしっかりとキープしている。惜しいシュートも3本ほどあった。ボールの保持率は日本が約70%、ギリシャ約30%で日本がはるかに上回っている、日本が優位だ、と言いたいところだが、これはギリシャの戦い方でもあるらしい。いい形で責めているのに点が取れないと後半に痛い目に合うことがよくある。焦りが出てくる前に得点してほしい。

  ギリシャのキャプテンが2枚目のイエローカードをもらって退場した。日本に有利な展開だが、どんなに攻めたとしても得点しなければ勝てない。4年前、日本代表はワールドカップ前の数試合でみじめな姿を晒した。期待できないと思われていたが、本番の初戦で勝ち波に乗った。今回は逆だ。今の日本は強いと国民の誰もが思っていた。ところが、初戦ではガチガチになったのか最悪の結果となってしまった。1-5で負けてもおかしくないような試合だった。1-2で終わったことがせめてもの収穫だと言ってもいい。

  前半が終わった。0-0だ。う~ん、微妙だ。最低でも1点は取れた。今大会では、前回の優勝国スペインやサッカーの母国イングランドがグループリーグで2連敗した。波乱だという人もいるが、そうではないと思う。負けるべくして負けているような気がしてならない。スポーツも突き詰めれば精神的な部分が大きな割合を占める。自分たちでも気付かないような小さな気の緩みや驕りが、ヒビや歪みとなって勝敗を左右することもある。

  “心” はどこにあるか。現代人のぼくたちは何の躊躇いもなく心臓をイメージするが、昔の日本人にとって “こころ” は、“魂” は、腹にあった。彼らは、“丹田”(臍下三寸にあると言われている)を中心とした腸に “こころ” が宿っていると信じていた。切腹とは、自分の “こころ” を自ら取り出して「オレの “魂” を見よ!汚れているか」と、潔白を訴える儀式だったという説もある。なるほど、腑に落ちる。事実、現代科学は、脳の次に “考えている臓器” は腸だということを突きとめつつある。

  試合は、後半も責めるがうまくいかない。選手たちは、過酷な試合環境でも走っている。ギリシャの選手も必死だ。彼らは、引き分けでもいいと考えているようだ。お互いに引き分けだと厳しいが、ギリシャとしてはひとり少ない状況では止むを得ない。『頼む、1点取ってくれ!』パソコンのキーを打つ手にも力が入る。4年間の成果がこれでもいいのか、誰もが勝利を信じたが現実は厳しかった。日本代表は惜しくもギリシャと0-0で引き分けた。勝ち点は1のみだ。だが、終わったわけではない。日本がグループリーグの最終戦で世界ランク8位のコロンビアに勝ち、ギリシャがコートジボワールに勝つか引き分けならば、得失点差で決勝トーナメントに進める可能性は残っている。確率は低いが勝負の世界だ。何が起こるのかは分からない。どんな結果が待ち受けているのか。もう1試合、真剣勝負に立ち会えるのは幸せだ。

  試合を見ながらの執筆は初めての体験だった。実況を聴きながら書き、書きながら時々画面に目を移した。監督、選手たちのコメントが流れてくる。悔しいに決まっている。ぼくたちも悔しい。それでも、現実を受け入れて次に進まねばならない。ウクライナ問題、イラク問題等世界では紛争が後を絶たない。そして、それは決して他人事ではない。今、世界はいびつなバランスで成り立っている。

  コートジボワールのドログバ選手は内戦を終結させるきっかけを作った選手と言われている国民的英雄だ。国が内戦に明け暮れていた2005年、コートジボワールがワールドカップ出場を決めた試合直後にロッカールームからテレビを通して「許し合ってほしい。武器を置いて選挙をしてほしい」と国民に呼びかけた。祖国を想う彼のこの言葉がコートジボワールの人々の心に深く響いて内戦終結への弾みになったと言われている。彼の存在感や佇まいが特別なのが理解できる。スポーツの力は絶大だ。選手たちには、世界中の子供たちが夢見る舞台で、勝ち負けだけではないスポーツの本当の素晴らしさを見せてほしい。 (了)

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