1954年、日本が世界に誇る2本の映画が生まれた。『七人の侍』 と 『ゴジラ』 だ。『七人の侍』 は、黒澤映画30作の中でもずば抜けている。まさに秀逸!傑作!ぼくが知る限り最高の映画だ。黒澤明監督と 『ゴジラ』 の本多猪四郎監督は、『馬』(1941年)や 『ハワイ・マレー沖海戦』(1942年)を撮った山本嘉次郎監督の兄弟弟子だった。ふたりして山本監督の助監督を務め切磋琢磨した。そんなふたりの代表作 『七人の侍』 と 『ゴジラ』 が同じ年に公開されたのは偶然にしては出来すぎている。不思議な因縁を感じずにはいられない。このふたつの映画の音楽を担当した早坂文雄と伊福部昭もまた、生涯を通じての親友だった。彼らは少年期に札幌で知り合い、驚くべきことにふたりとも独学で音楽を収めた。並大抵のことではない。同じ年、あるいは、同じ歳、そして、同県、同郷、同校、等々・・・。これらの“縁”は、普段、ぼくたちが考えている以上に意味がある、ということを年齢を重ねるうちに肌で感じるようになった。同学年だと知っただけで、地元が同じだと分かっただけで、自然と親近感が湧いてくる。同じ時代を過ごしたことや、同じ空気を浴びていたことが不思議な安堵感を与えてくれる。人間が“いつ、どこに生まれつくか”なんて、単なる偶然かとも思えるが、そんなに単純なことではない。“縁”とは、計りしれない謎であり、宇宙の法則のひとつと言ってもいい。ぼくたちは、この星に、この国に生まれたことに感謝しなければならない。美しい日本語を操り、日々の生活の中で“機微”や“侘び寂び”を共感できる仲間たちと共に生きていられることに心から感謝したいと思う。
“ゴジラ”という言葉の心地いい響きやその言葉自体のかっこよさに、勝るとも劣らないのが“怪獣”という言葉だ。「かいじゅう」「かいじゅう」「かいじゅう」と、ぜひ、声に出してみてほしい。“怪しい獣”なんて意味は放っておいて「かいじゅう」という言葉を噛みしめてみる。5回も声に出してみれば、「かいじゅう」という“響き”がぼくたちの中にどれほど沁みこんでいるかが分かるはずだ。ゴジラの種
(しゅ)を「怪物」とも「化け物」とも、あるいは「恐竜の子孫」とも「妖怪の一種」ともせずに、「怪獣」と名付けた人のセンスに脱帽だ。すごい!「超生物」というコピーもあったが、どんな言葉を持ってこようと「かいじゅう」に勝さるものはない。今や、世界中の子供たちが、いや、子供だけではない。おとなだってゴジラは「KAIJYU」だと理解している。「かいじゅう」は世界語「KAIJYU」となった。
どうして、ぼくたちはこれほどまでにゴジラに夢中になるのだろう。ゴジラが、人を襲い建物を壊すだけのただの“怪物”だったとしたらこんなに親しまれているはずはない。ゴジラに知性を感じていたのは、ぼくだけではないはずだ。哀しみを湛えた瞳は常に何かを語っていた。映画の中で、ゴジラが意図して人を殺すような場面を見たことはない。人や動物どころか、魚や植物でさえ食べる場面を見たことはない。1954年のゴジラでは牛を咥えたゴジラの絵コンテがあった。ご存知のように、実際にはそうはならなかったが、もし、初登場のゴジラが牛を咥えていたとしたら今日の姿はなかったと思う。それほどまでに大きなポイントだった。ゴジラは“何かを食べてはいけない存在”なのだ。なぜか!ゴジラは“自然の驚異の象徴”だからだ。だから、ゴジラを地震や台風と同列に語ってもなんらおかしくはない。地震は恐ろしいが、誰も地球や地面を恨んだりはしない。予測もなく起こっては街を破壊する。海をかき回す。誰にも止めることはできない。地球に住む生物のすべてが、ただ通り過ぎるのを待つだけだ。台風にしても同じことで、吹き荒れる風や雨は恐ろしいが、空気や水を憎む人はいない。誰もが“地球は生きている”ということを知っているからだ。宇宙には無数の物質が飛び交っており、それらが大きな隕石となっていつ地球に襲いかかってくるか分からない。恐竜を滅ぼしたのもたったひとつの隕石だと言われている。直径10キロほどの隕石が地球に衝突した時のエネルギーは、広島に落とされた原爆の約10億倍の威力だった。舞い上がった粉塵が大気圏を覆い、津波は300メートルを超えた。それから、何万年も太陽の光が届かない時代が続いた。これから先にも同じようなことが起こる可能性は0%ではない。人は、遠い記憶の中に、無意識の中に、そんな思いを抱えているからこそ、自然を尊び畏れてきた。ゴジラには、このような“自然に対する畏れの象徴”としての存在意義がある。
世界各地には天地創造に関わる巨人・巨神伝説が数多く残っている。古代の人々は、世界の謎を解き明かすために巨人や巨神の存在を夢想した。中国の四神も同様だ。四神とは天の四方の方角を司る“霊獣”のことで、東に青竜(せいりゅう)
、南に朱雀(すざく)、西には白虎(びゃっこ)、北には玄武(げんぶ)が睨みを効かせている。ぼくには、この神々とゴジラが重なって見える。その証拠に、というのは大袈裟だが、四神は霊獣と呼ばれゴジラ同様“獣”という字が充てられている。守り神とは、邪悪なものが近寄れないほどの恐ろしい存在でなければならないのだ。
8月上旬、ぼくは早起きをして今年公開され爆発的な人気を呼んでいる 『GODZILLA』 を観た。だが、このゴジラに見(まみ)える前に、観なければいけないもうひとつのゴジラがあった。1998年にハリウッドで製作された
『GODZILLA』 だ。当時は、コマーシャルや雑誌から垣間見えたゴジラの姿の酷さに映画館に足を運ぶことすら考えなかった。しかし、今回は違う。アメリカで最初に撮られた
『GODZILLA』 を観るのは、2014年版 『GODZILLA』 に相対する前の儀式ともいうべきものだった。先入観を取り除き、できるだけフラットな状態で見ようと努めた。
感想はというと・・・憤慨、冒涜。はっきり言ってこの映画に出ている動く物体はゴジラではなかった。当時、賛否両論が巻き起こったというが、はたして“賛”はどこの部分だったのか。『ジュラシックパーク』
となんら変わりがないではないか。この1998年版 『GODZILLA』 が好きな人には申し訳ないが、正直に述べさせていただく。まず、おかしいのは、この映画はゴジラを“怪獣”としてではなく、突然変異によって巨大化した“爬虫類”あるいは、“両生類”として捉えている点だ。エイリアンにも見える。物事は本質をどう捉えるかが大事だ。この点が間違っていたとしたらすべてがおかしくなる。この映画の中のゴジラは人間を殺し、魚を食べる“どでかい凶暴なトカゲ”として描かれていた。ゴジラの厳(おごそ)かな動きは影を潜め、俊敏な爬虫類のそれに変わった。また、このゴジラは、雄でありながら何百という卵を産み落とした。小型のトカゲゴジラが何百匹も出てくるのだ。ゴジラの息子は
『ミニラ』 と決まっている。このゴジラ (ああ、ゴジラとは呼びたくない)は、“匹”としか数えようがない。ゴジラは“ひとり”とは言わないまでも、一匹とは数えない。雄々しく孤高の存在でなければならない。とにかく、とにかく、がっかりした。アメリカ人にとってのゴジラは、こんなにも陳腐な存在だったのか、と思うとがっかりを通り越して悲しくなってしまった。ただひとつ、ただひとつ、いいところを挙げるとするならば、そのネーミングだ。ゴジラを日本語の発音に近い
『GOJILA』 ではな く『GODZILLA』 としたところだ。誰が名付けたか“GOD”(神)の文字を使っている。この人には、ゴジラの本質が分かっていたとみえる。・・・いや、待てよ。1954年のゴジラ第1作目は、1956年にアメリカでも公開されている。そうだ!思い出した。その時から、すでに
『GODZILLA』 という文字が使われていた。ということは・・・、ああっ、残念!1998年版の 『GODZILLA』 には、ただのひとつもいいところがなかった、ということになる。
それに比べて、2014年版ゴジラ・・・素晴らしい!素晴らしい!もひとつ、素晴らしい!ゴジラの瞳には知性が宿り、力強く、本来、彼が持つ神々しささえも十分に感じられた。最初は“顔”にちょっとした違和感があったが、ぼくたちがイメージするゴジラが大人になったと考えれば納得できる。この映画のゴジラは、人類を守った。まさに鬼神の働きで人類を救ったのだ。ギャレス・エドワーズ監督はゴジラの本質をしっかりと掴んでいた。地鳴りのような咆哮、そして、何よりもゴジラに対するリスペクトが感じられてうれしかった。ストーリーもいい。映画としての完成度の高さも並ではない。ゴジラに対するアメリカ人の想いがそれぞれなのは当然だが、2014年版
『GODZILLA』 は、彼らに対する評価が、一晩で540度(180度+360度)も変わるほどの名作だった。 (つづく) |