一番太い5弦のペグをゆっくり緩めて5弦をそっとはずし、くるくると丸め脇に置く。次に、5弦が張ってあった部分の汚れをクロスと綿棒で拭きとる。ヘッドもネックもボディも弦をはずしたときにしか掃除できない部分があるから埃をしっかりと取りたい。この時に、クロスや綿棒にレモンオイルを湿らせて擦ると汚れはきれいに落ちる。レモンオイルは、指板やボディのケアに使われるオイルで、乾燥によるひび割れや剥がれを防ぐために使われる。日本では、どちらかというと湿気対策の方に重きが置かれるが、季節の変化や保管環境による乾燥にも気を付けたい。指板の種類にもよるが、水分を含みやすいローズネックよりもメイプルネックやエボニーネックのベースの場合に注意が必要だ。ちょっとしたケアの積み重ねが楽器を最良の状態へと近付けてくれる。

  レモンオイルは、『PARKER & BAILEY』というメーカーのものを使っている。このオイルには、ホワイト・ミネラル・オイル、黄色染料、レモン香料、と成分表示がされており、ワックスやシリコン等石油系の溶剤は使われていない。自然なツヤ感があり、べとつかないところもいい。元々は家具用オイルとして作られたもので、200年前から使われているそうだ。やはり、自然の素材が活かされているものは長く使われるのだと納得する。楽器店でも千数百円ほどで購入できる。

  新しい弦を取り出し、先端をブリッジの穴に通す。その時、なるべくブリッジに擦らないようにしたい。そのまま弦を、一度、ボールエンドまでしっかりと通し、弦の長さを調節する。弦はペグに3重から4重は巻いた方がいい。楽器店に置いてあるベースや貸しスタジオでレンタル用として使われているベースを見ると、驚くことに1巻しかしてないものが多い。ベースとの密着度やテンションをかせぐという意味で最低2巻はしたい。5弦ベースの場合は3弦と2弦に、4弦ベースの場合は2弦と1弦に、ストリングス・ガイドが付いているものが多い。ストリングス・ガイドが付いている弦は、どのように巻いても同じ角度で張ることができるが、5弦ベースにおける5弦と4弦、あるいは4弦ベースにおける4弦と3弦には最大の集中力を持って臨みたい。

  しっかり巻ける長さを確認したら、余分な部分をニッパで切る。この時、切られた部分が飛ぶおそれがあるから注意が必要だ。クロスや布で先を押さえながら切るといい。ペグの位置関係から、各弦それぞれ切る長さが違うことも覚えておきたい。弦の長さを決めたら、ブリッジから4、5センチほどボールエンドを離す。弦は巻かれながら少しずつ“回転”する。ボールエンドをブリッジに固定したまま張って行くと、この回転によって弦に微妙な“ねじれ”が生れてしまう。このねじれが、弦の振動に影響を与えないはずがない。振動こそが弦楽器の命だ。この点にも十分注意したい。弦の先を中央の穴にしっかりと差し込み、グッと力を入れて巻いてゆく。1巻、2巻と右手でしっかりと巻き、安定させてから左手でペグを巻いてゆく。ゆっくりと巻いて行く。フィニッシュに近づいたところで、ボールエンドの位置を確認する。まだ右手の力を緩めてはいけない。ほぼ巻き上がった状態で軽くチューニングをする。5弦のみを張り替えたのだから、4弦、3弦、2弦、1弦はそのままの状態だ。ハーモニックスを使って4弦に合わせる。(※5弦をはずした時点で弦全体の緊張が崩れているのでチューニングは微妙にずれている。この時点では“ほぼ”合っていればいい。)これで5弦はOK だ。同じように、4弦、3弦、2弦、1弦と張り替えて行く。

  すべての弦を交換し終えたら、次に弦を扱(しご)く作業に移る。張りたての弦は、すぐにチューニングが緩んでしまい、安定するのに時間がかかる。そこで、弦をひっぱり最初からほどよく伸びた状態にしてしまうという訳だ。ブリッジからヘッドに向かって弦を10回ほど引っ張る。“い” “い” “お” “と” “た” “の” “む” “ぞ” “!”と念を入れながら引っ張る。すべての弦を扱 (しご)き終えたら改めてチューニングだ。引っ張ったことによりすべての弦の音程が低くなっているから、チューニングメーターを使って正確に合わせる。中には、“扱く”過程を嫌がる人もいて、その場合は、弾く度にチューニングをしながら数日かけて慣らして行く。これもまた一理ある。自分だけの、自分ならではのベストな方法を探せばいいということだ。ぼくの場合を続ける。更に、12フレットを押さえてオクターブチューニングを確認し、合っていないところがあればブリッジに付いているサドルの高さや前後を調整して合わせる。同時に弦高や弦間のバランス等もチェックして作業は終了だ。最後に全体をクロスでさっと拭く。なぜだか、そのまま張りたての状態でベースを弾こうとは思わない。そのままの状態で一晩寝かせることになる。

  ここで紹介した弦の変え方は、あくまでも、“ぼく”のやり方であって、ぼくが30数年ベースと相対してきたうちに自然とこういう過程を踏むことになった、という一例だ。他のやり方やもっといい方法があるかもしれないが、参考にはなると思う。

  どんな過程を経ていようと、どんな楽器を使おうと、最終的に評価されるのは“音”だけだ。それでも、人は、その“音”が生まれるまでの何かを感じ取ることができる。剣豪たちの一太刀のような、能筆家たちの一筆のような、イチロー選手の一振りのような、そんな音を奏でられるベーシストになりたい。 (了)

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