1950年代にエレキベースができて以来しばらくの間、ベースといえば4弦だった。4弦ベースは、弦の太い方から順に(E-A-D-G)とチューニングされることがほとんどだ。いや、ほとんどでは弱い。この形が基本とされてきた。オクターブこそ違うが、ギター(E-A-D-G-B-E)の6弦から3弦までと同じで、ギターと同時に開放弦を鳴らしたり、ユニゾンをしたりするときなどに都合がいい。ギターとベースを同じようなニュアンスで弾くことができるのが利点だ。開放弦を弾くとは、左手でフレットを押さえずに弦を張ったままの状態で弾くことで、弦が自由に振動するため響き豊かな音がする。

  高校生になってベースを手にしてから54歳の今日まで約40年、基本のチューニングは変わっていない。厳密にいうと、ベースを手に入れたのは中学校を卒業した春休みだったから、ぼくはまだ15歳だった。ベースとの付き合いはまる39年ということになる。39年・・・。そんなにも長い付き合いになるのか。正直な話、39年もかかってこんなものなのか、という思いもある。違った角度から見れば、ベースとはそれほど奥深い、ということでもある。40年近くも付き合っていると、体にもなじんでくる。ベースを持った瞬間、ほんの少しでも違和感があれば手や指は微妙に感じ取る。弦の張りやボディの響きを指先が覚えているのだ。当然、弦の換え時も分かる。

  普通のチューニングをした4弦ベースで一番低い音は『E』だ。『E』は4弦の開放弦の音で、4弦ベースにおいては最も気持ちのいい音と言っても過言ではない。だから、ロックやポップスではキーが『E』(あるいは『Em』)の曲が多い。キーが『E』でなくても『E』の音を良く使う『A』や『G』等のキーの曲も自然と多くなる。ただ、開放弦は右手のタッチのみで音量や音質をコントロールしなければならないから、慣れるのに少し時間がかかる。そのためか、ベースを始めたころは、4弦の『E』以外の3弦の開放弦『A』、2弦の開放弦『D』、1弦の開放弦『G』は、なるべく使わないようにと言われていた。当時は誰もがそう信じていた。たとえば、3弦の開放弦と4弦の5フレットの音は同じ『A』だ。『A』の音を使う場合、3弦の開放を使わずに4弦の5フレットを使うということになる。この定説は、結果として、左手の形を作る上では十分に役だったが、開放弦の良さを知るのにだいぶ時間がかかってしまった。

  開放弦を使いこなせるようになると、いろいろなニュアンスでの表現が可能になる。開放弦は使いこなせさえすればものすごい武器となるのだ。ハイ・ポジション(12フレットより上のボディに近い部分でのプレイのこと)でのプレイからロー・ポジション(1フレットから5フレット辺りでのプレイのこと)に戻るとき、開放弦はいい繋ぎ役となってくれる。開放弦を弾く瞬間に左手は自由になる。フレーズの中で開放弦を弾くそのコンマ何秒かの間に左手をロー・ポジションに戻すことができるという訳だ。フレットのないウッドベースやフレットレスベースでは、開放弦の音でピッチ(音程)を調整しながらプレイする。これらのフレットのないベースを弾くには、また違った技術が必要とされる。

  黄金のキー『E』とは違って、『E♭』や『D』のキーの曲は、ベーシストにとっては難しいキーに感じたものだ。まず、♭や♯が付くだけでげんなりしてしまったのは、ぼくだけではないと思う。弾き始めてから20年ほどは苦手意識があった。意識せずに弾けるようになったのはここ10年ほどだ。また、『D』に関しては音が軽くなる印象があった。『D』は、一番低い音でも3弦の5フレットだ。4弦の『E』のオクターブ上の音と1音しか違わない。このように、4弦ベースが中心の時代は♭や♯の付く曲やキー『D』の曲をいかにかっこよくまとめるかで、ベーシストの力量が問われた。

  (E-A-D-G)のチューニングの他に変則的なチューニングもある。まず、半音下げといって、すべての弦を半音ずつ下げてチューニングする場合(E♭-A♭-D♭-G♭)がある。理由としては、弦を緩くすることによってチョーキングしやすくすることや、ボーカリストのキーに合わせる、ということが考えられる。より重たいイメージに近付けるためかもしれない。更に、1音下げ(D-G-C-F)があり、昨今は1音半下げ(D♭-G♭-B-E)というぼくたち世代にとっては想像を絶するスタイルもあると聞く。試しに1音半(フレットでいうと3フレット分チューニングを緩くする)下げてチューニングしてみた。ジャズベースで試したのだが、さわっただけで弦がネックにふれてしまいちゃんとした音にならなかった。よっぽど弦高を高くしないとできる業(わざ)ではない。もし仮に、音が出るようにセッティングしたとしても、ピッチ(音程)を正確に出すのは至難の業だ。ぼくたちは、こんなセッティングをしてまで変則的なことをする必要があるのか、と考えてしまうが、それでも、敢えてこのようなチューニングをして演奏するプレイスタイルもある。音楽は自由だ。決して悪いことではない。他には、(D-A-D-G)のように、4弦だけ1音下げるというやり方もある。この方法だと4弦以外に影響はないから、ある程度自然な感じで演奏できる。

  これらキーの問題を解決するために1970年代後半から5弦ベースが開発され始めた。5弦ベースは『E』より5度低い『B』弦を張る場合(B-E-A-D-G)と、『G』弦より4度高い『C』弦を張る場合(E-A-D-G-C)があるが、『B』弦を張るのがほとんどだ。ここでは大多数の『B』弦を張った5弦ベースについて話したい。この5弦ベースの出現は大事件だった。5弦を使えば4弦ベースにおける『E♭』や『D』の1オクターブ下の音が簡単に出せる。ただ、弾きこなすのは相当むずかしい。左手の押さえも右手のタッチも必要以上に気を使って臨むくらいでちょうどいい。そもそも、楽器としての完成度がまだまだで、しっかりと鳴ってくれる5弦ベースは少ない。作り手にとっても弾き手にとっても5弦ベースはこれからだと言える。

  ベースにおいて最も響く開放弦も使い方ひとつだ。曲の雰囲気を壊してしまうこともあれば、アンサンブルに豊かさをもたらすこともできる。だからこそ、常に注意深く慎重に向かいたい。これもまたベーシストとしての資質に違いない。 (了)

Copyright(C)2016 SHINICHI ICHIKAWA
Home Page Top Essay Top