ライブをすることが当たり前ではなくなった。ライブを観ることも当たり前ではなくなった。ミュージシャンはお客さんの前で演奏できることがどんなに幸せなことなのかを知り、お客さんは目の前で演奏を観られることがどんなに幸せなのかを知った。

 ライブハウス。

 この美しい響き。この麗しい字面。カタカナでこれほど魅力的な言葉はそうはない。

 ファンタスティック!ワンダフル!ブリリアント!エクセレント!まずは、カタカナで惜しみない賛辞を送りたい。

 ぼくはプロミュージシャンとして38年間活動してきた。ベーシストだ。59歳になった今でもバンドを中心に音楽活動を続けている。音楽活動の基本はライブだ。CDやYouTubeで歌や演奏を聴くのもいいが、ライブほど魅力的なものはない。そんなライブが悪モノになってしまっている。ライブハウスがコロナの巣窟のように思われてしまっている。こんなにも目の敵にされてしまったのでは、あまりにもライブハウスがかわいそうだ。ミュージシャンとしての立場から、ライブとライブハウスの素晴らしさを綴ってみたい。

 ミュージシャン、バンドマンは、ライブハウスのことを小屋、あるいは、箱と呼ぶ。ライブをする小屋のことだ。なんと分かりやすい言葉だろう。

 改めて書こう。響きもいいし、語呂もいい。字面だってバッチリだ。ライブハウスとは、その名からしてカッコいいのだ。

 初めてライブハウスと呼ばれた箱は、1973年に京都でオープンしたコーヒーハウス拾得(じっとく) だと言われている。ライブができるコーヒーハウスから転じてライブハウスと呼ばれるようになった。

 もともとライブという言葉はalive (アライブ) 「生きている」という形容詞のaが取れてできた同じ形容詞で、live animals 「生きている動物」というような使い方をする。転じて「火が燃えている」「効力がある」「放送や演奏が生の」という意味でも使われるようになった。そもそも、ライブハウスとは完全な和製英語で、英語圏の人からすると、意味はわかるけどちょっとおかしい、ということになる。日本におけるライブハウスのことを、英語ではvenue (ヴェニュー)、あるいはclub (クラブ) という。どうしてもliveという言葉を、というのならば live music barとか live music clubのような使われ方をする。そして、ライブ自体はgig(ギグ) と呼ばれる。

 野球やサッカー、相撲等のスポーツを見るのも、演劇やダンス等の舞台を見るのも、落語やお笑いを見るのも、生で観るものはすべてライブには違いないのだが、この国ではライブというと、なぜか音楽を指す場合がほとんどだ。ライブという言葉の中には音楽が見え隠れしている。なぜか、クラシックだけは、ライブというよりもコンサートの方が落ち着くが、ここではそれは置いておく。

 ライブハウスとは、基本的には音楽を演奏する場所だ。演劇やお笑い、詩の朗読なども行われていることは知っているが、ここでは、敢えて、音楽を演奏する場として語らせていただきたい。数百人、数千人の前で演奏するコンサートホールや、数万人規模のスタジアムとは違って、10人から多くて300人ぐらいのお客さんの前で演奏するのがライブハウスだ。大ホールやスタジアムでのコンサートとは、また違った楽しみ方がたくさんある。

 演奏者が目の前にいる。息づかいが伝わってくる。ギターやベースならば、左手の運指までもが、右手のタッチのニュアンスまでもが。エフェクターを踏む強さやタイミングまでもが。いい演奏をした仲間に向ける笑顔やちょっとミスった時の苦笑いまでもが、手に取るように見える。アンプのセッティングや、場合によっては、使っているシールド(コード)や弦のメーカーまでもが分かることがある。

 ミュージシャンは、同じ曲でも毎回同じフレーズを弾くわけではない。もちろん、いつもCDの音源に忠実に演奏するプレーヤーも多くいるが、そうではなく、その場の雰囲気に合わせてプレイするミュージシャンも少なくはない。アイコンタクトで音楽の場面が変わっていく瞬間を目の当たりにできるなんて、音楽好きにはたまらない光景だろう。曲のテンポだって音量だって、その日の天気によって変わることがあるのだ。

『音楽ライブへ行く人は寿命が9年も延びる』

 2018年7月にこんな記事を読んだ。

『イギリスの企業O2とゴールドスミス・ユニバーシティーの准教授パトリック・フェイガン氏が、2週間に1回の頻度で音楽ライブに参加する人は、最高レベルの幸福感、充実感、自己効力感を得られる可能性が高く、寿命が9年延びる可能性がある、という研究結果を発表した。大好きなミュージシャンの音楽を聴く喜びもさることながら、どうやら「他者との関わりを実感すること」や「自らの価値を認める気持ちの上昇」が関与しているようだ。』
出典:O2 The Blue / Science says gig-going can help you live longer and increases wellbeing

 音楽を生で聴くことが、寿命を9年も伸ばしてしまうだなんて、簡単には信じることができないほどのうれしいニュースだった。2、3年どころではない。4、5年でもない。7、8年でもない。9年だ。生の音楽を2週間に1度聴くという行為が、人をほぼ10歳も長生きさせてしまうだなんて。音楽の持つ不思議な力を再認識しないではいられない。

 ぼくたちミュージシャンにとって、バンドをやっている人たちにとって、音楽が大好きな人たちにとって、ライブハウスはなくてはならない存在であり、かけがえのない場所だ。ライブハウスがあるからこそ、自分たちの音楽を表現することができる。アンサンブルを聴いてもらうことができる。

 マスコミが持つライブハウスのイメージは、70年代、80年代のものだとしか思えない。煙草、酒、空気の悪い室内等々。現在のライブハウスを訪れたことはあるのだろうか。禁煙、分煙はキチッとなされているし、衛生的だ。今どき、満員電車のようにぎゅうぎゅう詰めでライブをしているところなんて、あっても数えるくらいではないだろうか。

 レストラン形式のライブハウスでは、テーブル席で美味しい料理やお酒をいただきながら、ゆったりとライブを観ることができる。 話し声が聞こえないぐらいの大音量で演奏するバンドのライブでは、ヘビーなサウンドを楽しむ場となる。そんな時は、椅子に座るのではなく立って聴くことが前提となるが、今ならば、お客さんは座って見てくれるに違いない。

 年配の方だったら、アコースティックライブはどうだろう。熟練のミュージシャンが、ジャズやブルースを、少人数で、程よい音量で奏でてくれる。ライブハウスに行くことを、自分にとってのご褒美のひとつに加えていただけたらと思う。

 安心して来てもらえるよう、ライブハウスもこれでもかというくらい努力をしている、ということを分かっていただきたい。バンドの音を届けたいとばかりに配信を始めたライブハウスがある。感染防止を徹底するために店内を改装したライブハウスがある。

 10月にライブを予定している箱から「130人まで予約を受け付けるとお伝えしましたが、今回は60人までとさせてください」という連絡があった。多くの人が心を砕いている。みんな、心底、音楽が好きなのだ。
ライブハウスがこれほどまでに注目されたことはなかった。話題のライブハウスに、生で音楽を聴くことのできる貴重な場ライブハウスに、ぜひぜひ訪れていただきたい。

 もちろん、今すぐには足を運べないことは分かっている。この騒ぎも近い将来終焉を迎えるだろう。ワクチンができた時か、特効薬が生まれる時か。きっと、人類はギリギリのところで持ち堪えて、笑顔の日常を取り戻すことだろう。

 普段の生活の中に当たり前のように音楽がある。そんな毎日が必ず戻ってくる、と信じて。

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