<十二の葉>
2番目の月


 2月は28日までしかない。このエッセイは0の付く日に発表されることになっているから形としては1回休み、ということになった。ちょっとだけ楽をさせてもらったが、このなんとなく落ち着かない、不安定な感じの、あるいは物足りない、そして損をしているのか得をしているのかわからないような不思議な月のことを考えてみた。なぜ2月だけが28日までしかないのか…。

 12ある月の中で“31日”のない月が5つある。ご存じの通り「に(2)し(4)む(6)く(9)さむらい(11)」だ。その中で2月だけが28日までしかない。バランスよく30日までの月をひとつかふたつ増やせば済むことのように思えるが、そう簡単にはいかない。人間の世界は難しいのだ。“1年”を地球が太陽のまわりを一周する期間とし、12ヶ月としたのは古代ローマ以来の風習が伝わったもの。閏年があるのは(以前は閏秒について書いた。)地球が太陽を回る実際の期間が約365.24日で、4年に1回調節を行わなければならないからである。このような現在の暦は『太陽暦(たいようれき)』と呼ばれ、日本では明治6年(1873年)から使われている。それまでの暦はというと…。7世紀初めに(中国から朝鮮半島を経て)伝わってから明治5年まで、約1300年もの永い間、日本で使われていた暦は『太陰太陽暦(たいいんたいようれき)』または『太陰暦』、『陰暦』と呼ばれる暦だった。太陰とは天体の月のこと。『太陰太陽暦』は1ヶ月を月が満ち欠けする周期に合わせている。月が地球をまわる周期は約29.5日だから、30日と29日の長さの月を作って調節し、30日の月を“大の月”、29日の月を“小の月”と呼んでいた。しかし、これでは1年が354日になるため大小の月の繰り返しでは、しだいに暦と季節が合わなくなってくる。そのため、2〜3年に1度は閏月を設けて13ヶ月ある年を作り、季節と暦のずれを調節しなければならなかった。毎年、次の年の暦を計算して決定するので大小の月の並び方も毎年替わことになった。

 西洋にもやはり昔から“大の月”と“小の月”があった。現在の暦には人名の付いた月がふたつある。7月と8月だ。7月JulyはJulius(ユリウス・カエサル、英語名:ジュリアス・シーザー)に、8月AugustはAugustus(アウグストゥス)に由来している。シーザーは紀元前46年にエジプト暦を改訂し、現在ほとんどの国で採用されているグレゴリウス暦の原型とされるユリウス暦を制定した。そこで7月の月名を自分の名前に変えてしまった。制定当初のユリウス暦では奇数月が大の月、偶数月が小の月と規則的であった。ところが後継者である初代ローマ皇帝アウグストゥスが、「俺も!」とばかりに8月に自分の名前を付けて、“小の月”8月を“大の月”に変えてしまった。シーザーの7月より1日少ないと沽券に係わると思ったのか、ローマでは偶数が良くない数字と考えられていたからか。どちらにしても皇帝の力は絶対だ。こうなると7、8、9と“大の月”が3ヶ月連続してしまってよろしくない。そこで8月以降の大小の順番を入れ替えてしまおうということになった。おかげで年間を通して大小の月の並びが混乱することとなった。

 さて、ここで困ったことが起きた。始めは“大の月”6つ、“小の月”が6つだったから31×6+30×6=366となり閏年はそのまま、365日の平年は2月を1日減らして調整すればよかった。(当時は春の始まる3月から1年が始まっていたため2月は年末だった。)ところが、“大の月”7つ、“小の月”5つとなると31×7+30×5=367になってしまう。“大の月”をひとつ格下げにすれば簡単だと思うのだが、そうはせずにここでもまた年末の2月から1日削ってしまった。

  かくして2月は無事に28日となるのだが、やはり人の世界はおもしろい。偶然や適当な数合わせでも結果的にはどうにか成り立ってしまう。きちっと計算され尽くした科学的なところと、曖昧さをもよしとするところのバランス加減が絶妙だ。もっと言うと、“バランス”と“アンバランス”の“バランス”がいいということになる。春の始まりの3月は日本では年度末、年末とはまた違ったけじめの月だ。学生には卒業があり、入学や進学がある。社会人には退職があり、就職や転職がある。役職もこの季節に変わることが多い。どちらにしても新しい一歩を踏み出すための、息を吸うまさにその瞬間の時期であり、大きくジャンプするために「せえの〜〜!」と思い切り腰を沈める時期だ。

 “何か”は急には変わらないが、ふと気付くと変わっているということがよくある。草木は粛々と芽吹きを待っている。
 

(C)2006 SHINICHI ICHIKAWA
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