<百五十二の葉>
フトシ回顧録
違反者講習(九)

 バイオリズムという言葉を聞いたことがあるだろう。それぞれの人がそれぞれ周期的なリズムを持ち、その流れに沿って生きているというあのバイオリズムだ。意味を調べてみると、『Biorhythmとは「生命」を意味する「bio」バイオと「規則的な運動」を意味する「rhythm」リズムの合成語で、生命体の生理状態、感情、知性などは周期的パターンに沿って変化するという仮説、及びそれを図示したグラフ』とある。最近は、占い等で使われることが多いらしい。オレの性格からすると「到底信じ難い。そんなものに運命を決められてたまるか」と鼻の穴を膨らませるのでは、と多くの人が予想するに違いない。だが、そうではない。オレは、バイオリズムとは人知の及ばないもの、受け入れざるを得ないものだと考えている。この際だ、もっと調べてみよう。オレは他の辞典にも手を伸ばした。

◆生体に見られる諸種の機能や行動の周期性。一日周期、一年周期及び、その中間のものなどがある。睡眠と覚醒とは約一日を周期とするバイオリズムの典型。

◆生物体の生命活動に生じる諸種の周期的な変動。体温・ホルモン分泌・代謝・月経など生体の重要な機能にみられ、一日を単位とする睡眠と覚醒はその典型例。人間の知性の働きや感情の変化の周期性についてもいう。生物リズム。

◆人間の知性・感情・身体の変化の周期性。運命判断の手法として用いられる。


 簡単に言うと、季節や月の満ち欠けのようなものということだ。個人にも、いや、個人だけではない。団体にも、チームにも、国にも、星にも、天体にも周期的なリズムがある。人間だけが特別なんてことはあり得ない。オレたちも宇宙のひとかけらである以上、そのリズムには抗(あらが)えないはずだ。それにしても、なぜ、今ここでバイオリズムの話を持ち出すのか…。それには理由がある。この言葉以外では、どうにも片付かないことがあるのだ。


 オレは、1度検挙されると、2度、3度と続いたことが何度もある。“何度か”ではない。“何度も”あるのだ。何年も無違反だったのに、1度切符を切られた途端、トントンと続いたということが“何度も”あった。その結果、免許停止の憂き目を見て一段落するのだが、オレは、繰り返す度に負の連鎖だけでは説明のつかない何かを感じるようになった。バイオリズムと考える以外に答えはなかったのだ。今回もそうだ。通行禁止場所通行違反(減点2)、携帯電話使用等(保持)違反(減点1)の後に、もうひとつの罠が口を開けて待っていた。


 あざやかな緑を讃えるべき季節となっていた。空気が程よい温度と湿度で保たれ、思い切り深呼吸したくなるような一日だった。オレは、部下のノリオと新潟出身の新入社員ササニシキタロウを連れ、車上の人となっていた。ふふふ…笹錦太郎(ササニシキ・タロウ)と思ったか?そうではない。笹西喜太郎(ササニシ・キタロウ)かもしれないし、笹尼識太郎(ササニ・シキタロウ)かもしれないではないか。ただし、ササ・ニシキタロウとササニシキタ・ロウでないことは明らかだ。彼の名は、笹西(ササニシ)喜太郎(キタロウ)。大学を卒業したばかりの若手社員だ。バンドをやっていた名残か、長髪が肩を撫でている。撮影現場が新潟ということで、ササニシを同行させることにしたのだ。もうひとりの同行者、ノリオは信頼のおける男だ。寡黙だが芯がしっかりとしている。


 5月の中央高速はドライブ日和だった。山々が青空に負けないくらい青い。ノリオの運転で会社を出てから、キタロウ、ノリオ、と二人が交互に運転してくれていた。オレは後部座席で甘えさせてもらっていたが、あまりの気持ちよさにハンドルを握りたくなった。3度目の休憩中、オレは言った。

「今度はオレが行こう」

「部長、だいじょうぶです。次はボクが行きます!」
大盛りカツカレーを頬張りながら、ササニシが慌てて言った。

「いや、ちょっと運転したいんだよ」
オレの声に、ササニシが無言でノリオに顔を向けた。ノリオは静かにうなずいてみせた。オレの性格を知り抜いている。ササニシも納得したようだ。

「で、では、よろしくお願いします!」
彼は、勢いよく頭を下げた。あっという間に平らげた大盛りカツカレーの皿に頭をぶつけんばかりだ。オレは、肉うどんを注文したのだが、正直カレーも一口食ってみたかった。ただ、新入社員に一口くれとは言えない。

「部長、よろしくお願いします」
ノリオも続く。ちなみに、ノリオはてんぷら定食を食った。野草のてんぷらがいい香りをたてていた。時々、食い物を頼むセンスがやたらといいヤツがいる。ノリオは、間違いなくそのひとりだ。

  さあ、出発だ。オレは、ミル挽きの自動販売機で3人分のコーヒーを買うと、ふたりに手渡した。オレの左ポケットには、グリコのアーモンドキャラメルが二箱入っている。一粒で二度おいしいあのキャラメルだ。コーヒーとの相性もいい。最近はあまり見かけなくなってしまったが、たまに、駅の売店や高速道路のサービスエリアなどに置いてある。オレは、ついつい無意識のうちに買ってしまった。


 コーヒーをドリンクスタンドに置き、グリコのアーモンドキャラメルを2粒頬張ると、オレは、シートベルトを締めた。もちろん、ノリオとササニシにもグリコのアーモンドキャラメルは渡っている。2粒ずつね。オレは車を発進させた。車は、中央高速から長野道、上信越道へと抜け、北陸道へと入っていた。新潟は近い。ゆっくりとアクセルを踏むと車はオレの気持ちに応えてくれる。スススーっと滑るように加速していく。気持ちいい。休憩を取り、食事も済んだ。本日初運転だと意気も揚々だ。スピードメーターは、すぐに100kmに達した。100kmといっても速さはまったく感じられない。…感じられないが、制限速度80kmという標識が否応なしに目に入ってくる。

『80kmか、あまり飛ばせないな…』
オレは、その数字を認識しながらもスピードを落とせない。それでも、遠慮しながら100kmで走っていると、猛スピードの車がオレたちの車を次々と追い超していく。

『だいじょうぶそうだな』
そう判断しても無理はない。オレは、他の車に倣って徐々にスピードをあげた。105km…110km…115km…120km…

『このへんにしとくか…』
オレはアクセルを踏み込むのを止め、スピードをキープした。道は空いている。見晴らしもいい。追い抜いていった車たちは、既にはるか先を行っているのだろう。追い越し車線に車は見当たらない。

『なんて気分がいいんだ』
オレは、ご機嫌だった。その時だった!バックミラーが一瞬光った。

『な、なに!!』
その赤い光がなんであるか、経験がオレに教えていた。

『またなのか…』
半ば、呆れながらオレは自分を疑った。一瞬でスピードを緩めたが、後の祭りだ。新潟ナンバーのパトカーが、すうっと横を通ったかと思うと、オレの車の前に入りスピードを落とした。オレは、観念して車を左に寄せて停めた。

『ちくしょう…』
オレは、パトカーが停車するかしないかのうちにドアを開けて外に出た。男らしくこちらからパトカーに乗り込んでやる。そんな意気込みだった。ノリオとササニシは呆気(あっけ)にとられたまま言葉を失っている。オレが、2mほど進んだところでパトカーのドアが開いた。

「あ〜あ、やっづぅまっだぬい〜」
眼鏡をかけた警官が第一声を発した。

『なんだ〜…?』
これでは拍子抜けだ。トホホ…

(つづく)


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