<百七十九の葉>
この星のこと

ぼくたちはときどき
地球が生きている
ということを忘れてしまう

地球はもうひとつの太陽を抱いている
地核の温度は太陽と同じ5700度だ
地核は地球にとっての心臓部
ドクドクとたぎり うごめいている

その熱はぼくたちのハートと同じぐらい熱い

ぼくたちはときどき
地球が生きている
ということを忘れてしまう

地球の心臓部は筋骨隆々のマントルに覆われている
マントルの組織はシンプルだが万全だ
かんらん岩を中心にエクロジャイトと
キンバリー岩がしっかりと脇を固める

その密度はぼくたちの意志と同じぐらい堅い

ぼくたちはときどき
地球が生きている
ということを忘れてしまう

地球の皮膚は15枚のプレートからなっている
カラフルなのはいいが自己主張が強すぎる
協調性が保たれているのはたかだか数10年だ
意を決するとエイッとそっぽを向いてしまう

誰かの気まぐれと同じぐらい手が付けられない

地球のあくびは森の木々を揺らし
寝息はそよ風となり君の髪をなでる
ため息はハリケーンを生み
深呼吸はサイクロンを巻き起こす
くしゃみ一発台風だ

そんな地球の
ぼくたちと同じように生きている地球の
姿を知っているか

麗しくって 凛々しくて
軽やかで 涼しげで
愛しくて エレガントで
まぶしくて セクシーで
和(にこ)やかで チャーミングで

これほど魅力的な星がどこにあるものか

地球は奇蹟の星だ
奇蹟というのは確率でいうとどのくらいだ?
1パーセント? 冗談じゃない
100回に1回ではどう見積もっても奇蹟とは呼べない
何億いや何兆分の1ぐらいでちょうどいい

奇蹟と奇蹟がぶつかって
そこにもうひとつの奇蹟がやってきて
わいわいやって
更にもっとすごい奇蹟がやってきて
仕切っちゃって

そんな奇蹟たちが集まって
生み出した奇蹟の中の奇蹟
それが地球なんだ

ぼくたちが生きているのは…kiseki
この星に生まれたのも…kiseki
君と出会えたのも…kiseki

これで分かっただろ?
地球が本当の本当の
そのまた本当の
絶対に本当の奇蹟なんだってことを

だから
そんな奇蹟の星に生きている
君もぼくも彼もあの人も
この星に生きているすべての人が
すべての生き物が
存在するあらゆるものが
奇蹟だってことを
けっして忘れちゃいけないんだ


そんな地球がまとっている青い衣は
水だ
青い水だ
空が青いのも
空を見上げる君の瞳が青いのも
水があるからこそだ
青い!碧い!蒼い!
青い水があるからだ

地球は時速1600キロものスピードで廻っている
なのに水が宇宙に飛び散ることはない
もちろん君もぼくも宇宙に放り出されたりはしない
地球がぼくたちをしっかりとつかまえていてくれるからだ

水は命の源だ
ぼくたちは海から生まれ
体の中に今も海を持っている
海水とぼくたちの血液の成分が似ているってことは
誰かの本で読んだ
体内の約70パーセントが水分でできているってことも

一瞬にして20000人を飲み込んだ津波は水だ
壁のように押し寄せて街を破壊したのは水だ
車を木の葉のように押し流したのは水だ
家々を粉々にしたのも 思い出を奪ったのも水だ
水だ! 水だ! 水だ!

生き残った人たちが求めるのも水だ
泥だらけの体を洗い流すのも水だ
米を炊くのも水だ
味噌汁やスープにも水だ
哀しくて哀しくてあふれ出る涙も水だ
世界中から駆けつけてくれた人たちの額に光る汗も水だ
無人の駅にそぼ降る雨も 避難所の寒空を舞う雪も水だ

そして…
いま原発の危機を救おうとしているのも水だ


水に罪があるのか
地球に罪はあるのか

水にも地球にも罪はない
そんなことは分かっている
だからくるしいんじゃないか
だからつらいんじゃないか
だからいたたまれないんじゃないか
ぼくにも父がいる 母がいる
友がいる 愛する人がいる
家族や友を失う苦しみが
どれほどのものか
その心の痛みがどれほどのものなのか

水にも地球にも罪はない

地球は生きている
まぎれもなく生きている
地球の命がひとつなら
ぼくたちの命もひとつずつだ

権力争いをしている場合ではない
戦争をしている場合ではない

寝坊することの幸せ
食堂で何を注文しようかと悩む幸せ
道端の花を愛(め)でる幸せ
パン屋はパンを焼き
大工は家を作り
先生はしっかりと授業をし
ベーシストはベースを奏でる

そんなことが幸せなんだ

いま世界中の人たちがこの国を見つめている
そして考え始めている
生きている地球と真正面から向き合うことこそが
全人類に与えられた使命だということを…

災害で命を亡くしたすべての人々のために
必死の思いで命をつないだ人々のために
援助のために走ってくれている人々のために
世界のあらゆる国で心を痛めてくれている人々のために
放射能の中 命をかけて立ち向かっている人たちのために

祈ろう…
祈ろう…
祈ろう…

ぼくたちはときどき
地球が生きている
ということを忘れてしまう

 


(C)2011 SHINICHI ICHIKAWA
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