<二百五十六の葉>
音楽と映画(三)
(『セッション』と『マエストロ!』改題)

 最初に観た音楽映画は、テレビで見た『サウンド・オブ・ミュージック』だったと思う。小学校低学年だったが、印象深い映像のところどころは今でもはっきりと覚えている。高校時代には、ジョン・トラボルタの『サタデー・ナイト・フィーバー』や『グリース』に夢中になった。高校時代にやっていたバンド『CHILD』のドラマーは、高円寺にも家があった。サタデー・ナイト・フィーバーにあこがれていたぼくたちは、彼に連れられて、池袋にあった『Big Apple』という名のディスコに行った。いまだにその名を覚えているのだから、田舎の高校生にとって、よっぽど衝撃的な出来事だったに違いない。同時期に観た音楽映画で印象に残っているのは、ビートルズの『レット・イット・ビー』だ。高校2年生、音楽好きのクラスメイトふたりと一緒に観た。場所は懐かしの横芝銀映。当時、実家の近くにあった唯一の映画館で、ゴジラシリーズ、ガメラシリーズから始まって18歳で東京に来るまでの間、本当にお世話になった。懐かしい思い出ばかりだ。

 ぼくは、『レット・イット・ビー』で憧れのビートルズが演奏している姿を初めて観た。じっくりと観た。ポールがベースを弾いている、ピアノを弾いている。ジョンが、ジョージが、ギターを弾いている。リンゴがドラムを叩いている。ポールは、ジョンは、こうやって歌うのか、レコーディングってこうやってやるのか。これがロックスターなのか。煙草を吸う姿までかっこいい。スクリーンにかぶりついた。ぼくたちが高校生のころは、ロックスターが演奏する姿なんてそうそう見られるものではなかった。音楽雑誌の写真を見て想像するしかなかった。映像といえば、NHKで年に何回か放送された『ヤング・ミュージック・ショー』や『ギンザNOW』で数分放映されたミュージックビデオだけだった。ビデオなんてものはまだなかったから、目に焼き付ける以外なかった。海外のミュージシャンが演奏する姿は、コンサートにでも行かない限り見ることのできないものだった。どんな演奏であっても、どんな音であっても、レコードを聴く以外に参考になるものなど何もなかった。だから、ぼくたちバンド少年、少女たちは、それぞれが考えに考え、推測し想像した。レコードやカセットを聴いて、少しでも近付こうと真似をした。それでも簡単になんて近付けるはずはない。それでも、ため息をつきながら、これでもかこれでもかとコピーした。どんなに時間を尽くしても理想には程遠い。ぼくたちは、あきらめてたまるか、挫折してたまるか、と楽器と向き合い、音楽雑誌やラジオ、そして、先を行く友だちから少しずつ情報を集めていった。

 現在はというと、誰の演奏であっても簡単に見ることができる。家庭ビデオの出現に唖然とし、貸しビデオや貸しDVDで驚愕し、挙句の果ての『YouTube』だ。ここを覗けばありとあらゆる映像を見ることができる。便利この上ない。いやはや、すごい時代になったものだ。しかし、何事にも功罪はある。簡単には映像を見られなかったぼくたちは、10代の頃に“想像力”を磨きに磨いたせいで、それ相応の対応力を養うことができた。分からないものをどうにかして形にしてしまう力も身に付けることができた。あるドラマーの話だ。彼は、ある日、信じられないほど早いバスドラム(足元に横たわっている一番大きな太鼓)の連打を聴いた。当時は、バスドラムを踏むペダルはひとつだった。それが当たり前だった。彼は「人間がこんなにも早くバスドラムを踏めるはずがない」と絶句したが、少しでも近付きたいと思った。毎日毎日バスドラムを早く踏む練習をした。数年後、かなりの速さでバスドラムを踏めるようになった。そんなとき、彼は、信じられないプレイをすると思っていたドラマーが“ツインペダル”を使っていることを知った。ふたつのビーター(バスドラムに直接触れるもの。大太鼓を叩くバチのようなもの)が付いているペダルを使い、それを左右の足で踏んでいたのだ。彼の勘違いは、他の誰にもできない彼独特の奏法を身に付ける原動力となった。ぼくたちは、ラッキーな時代に音楽と向き合えたと言える。

  レット・イット・ビー』のカップリング映画は、加山雄三さんの若大将シリーズ『エレキの若大将』だった。ものすごい組み合わせのように思えるが、このようなカップリングは、当時はめずらしくなかった。物語の中の蕎麦屋の兄ちゃんのギターがやけにうまい、と目を丸くしたのも当然、そのギタリストは寺内タケシさんだった。この映画も音楽映画に違いない。加山さんで思い出したが、エルビス・プレスリーもたくさんの音楽映画を残している。当時の映画は、音楽のプロモーションにも欠かせないものだったということがよく分かる。

 音楽映画は数多い。上記の映画の他にぼくが観てきた音楽映画をあげてみようと思う。ぼくは、1992年から10年ほど観た映画をノートに記録していた。このノートも参考にした。中には日本だけのタイトルのものもあるから、正式なタイトルではないかもしれない。それに、年代もバラバラだが、そこは大目にみてもらいたい。さて、どんな音楽映画を観てきたか。

  『ウエストサイド・ストーリー』『ブルース・ブラザース』『スパイナル・タップ』『スクール・オブ・ロック』『ハーダー・ゼイ・カム』『天使にラブソングを』『Onceダブリンの街角で』『シャイン(デヴィッド・ヘルフゴットの半生)』『ロッキー・ホラー・ショー』『テルミン』『アンヴィル』『カストラート』『ドアーズ』『海の上のピアニスト』『パープル・レイン』『ローズ』『イマジン』『トミー(ザ・フー)』『ローリング・ストーンズ・イン・ギミー・シェルター』『ブ゙エナビスタ・ソシアル・クラブ』『ディス・イズ・イット(マイケル・ジャクソン)』こんな映画があったなと思い返すのも楽しい。中にはビデオで見たものもあるが、映画館で観た映画は、その場所までが思い出される。やはり、映画館に足を運んでスクリーンで観ることは大切だと思う。ライブを中心とした音楽映画もある。『ウッド・ストック』『ラストワルツ(ザ・バンド)』『レッド・ツェッペリン熱狂のライブ』等がそうだ。『ウッド・ストック』は、大学生の頃、仲間たちと新宿で観た。衝撃的だった。この時代の文化そのものがロックだと多くの人が信じた。ぼくたちの世代は多大な影響を受けた。60年代後半から70年代前半にかけての数年は、それほど強烈な時代だった。 (つづく)

(C)2015 SHINICHI ICHIKAWA
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