<二百六十四の葉>
柚子種化粧水(アロエ入り)

 最近、ライブの打ち上げで他の出演者やスタッフの女性から「肌がきれいですね」と言われる。「は、はだですか?」あまりの唐突さに面食らい、瞬間的に意をくみ取ろうとするのだが、脳をフル回転させてもうまい受け答えが浮かんでこない。「そうですか?」と苦笑いをするほかない。肌のことを言われるなんて予想すらしていないのだから、戸惑うのは当然だ。“年齢の割に”という意味なのか、“男にしては”という意味なのか。ぼくもまだまだだ。予想外、想定外のことにはうまく対応できない。

 もちろん、打ち上げの乾杯後は音楽の話が中心だ。ライブの感想や楽器についての話が続く。相手がプロであろうがなかろうがそんなことは関係ない。大切な時間を音楽のために使っている人たちの意見は貴重で、客席から見えるバンドとしての“絵”、会場のメインスピーカーからの楽器の出音やバンドのアンサンブルの話から、ぼく自身のステージ上での“見え方”や楽器の“扱い方”までを客観的な言葉で伝えてもらえるのがありがたい。自分たちのバンドの印象を聞くだけではなく、ぼくたちも共演者のステージを観て、気づいた点があったら同じように伝える。

 そんな音楽の話をしていて、座が落ち着いた頃に、ふと、「依知川さん、肌がきれいですね」と来る。音楽の話をしていていきなりこう来られるとマジでびっくりする。この時の「えっ??」という感じは男でなくては分からないだろう。男は、いや、男全体というと語弊がある。ぼくたちの世代の男、ううむ、ぼくたちより上の世代の男と言った方がいいか、いやいや、(30代以下の男のことは分からないので) 御指摘を覚悟の上、とりあえず40代以上の男としておく。40代以上の男は、まず肌の話はしない。ぼくは10代の頃から風呂上りに肌が突っ張るのが嫌でニベアをぬっていたのだが、それだけでも、友だちには「お前、何つけてんの?」と驚かれた。

 思春期はニキビに悩んだ。顔中ニキビだらけで毎日、鏡を見ながらブツブツとニキビをつぶしていた。「つぶすと痕(あと)になるからやめなさい!」と母に言われたがお構いなしだった。少なく見積もっても3年ほどで400や500はつぶしたが、今現在、それほど大きな痕が残っているとは思えない。そのうち、ニキビは自然となくなった。その後も、風呂あがりのニベア(のようなもの。ニベアだけを使い続けた訳ではない。) だけは続けていたのだが、45歳ごろからは、母の手作りの化粧水を使っている。ぼくが肌のケアをしているとしたらこれだけだ。ぼくの肌が特別きれいだとは思えない。体全体が丸くなってきたのに伴って顔も丸くなって張りが出てきたのは分かる。大人になってからできたニキビをつぶしたその痕がイボのようになってしまったものが五つほどある。左の頬には小学校六年生のときに切ってできた大きな傷跡もある。やはり、柚子種化粧水(アロエ入り)のおかげなのか。

 あるとき、実家での風呂上り。「お母さん、何かつけるものない?」と言った時のことだ。母はプラスチックの容器に入った液体を持ってきた。薄い麦茶、あるいは、ウイスキーの水割りのような色をしていた。容器にはラベルが貼られ手書きでこう書いてあった。『柚子種化粧水(アロエ入り)』「何これ?」当然聞く。「お母さんが作ったの。効くから使ってみなさい。」半信半疑で使ってみた。容器はスプレー式のものだ。顔に向けてシュッとひと吹き、シュシュッとふた吹き。甘酸っぱい匂いがする。アルコールの匂いもしたがすぐにすっきりとした。「へえ、いい感じだな」と言うと、すぐに柚子種化粧水(アロエ入り)が満タンに入った容器をふたつ持ってきてくれた。「これ、使いなさいよ。」

 それから、10年以上、ぼくは風呂あがりにシュッ、シュシュッとその柚子種化粧水(アロエ入り)を使い続けている。女性から肌の話をされたときに思い浮かんだのはこの柚子種化粧水(アロエ入り)だけだった。「あっ、そういえば、お母さんの手作りの化粧水を使ってるなあ。」と切り出すと女性たちのほとんどが興味を示す。でも、ぼくは何の化粧水か忘れてしまっていて「う~ん、なんだったか、アロエの入った化粧水なんだけどな・・・」と口ごもってしまっていた。これではいけないと反省し、家に帰り名を確認しアイフォンで写真も撮った。

 2月の第3週の週末は、3日ほど実家で過ごすことができた。柚子種化粧水(アロエ入り)の作り方を聞くいいチャンスだ。ぼくは、最近肌がきれいだと言われること、女性が柚子種化粧水(アロエ入り)に興味を持つことを伝えると、母は黙って部屋から出て行った。持ってきたのは2リットルの瓶だった。1リットルのペットボトルふたつ分の大きさだ。この瓶に柚子の種が敷き詰めてある。茶色くなった昆布のようなもの、これがアロエだろう。柚子の種は瓶の底辺から7、8センチほど積まれており、大瓶には『柚子種化粧水 平成25年11月29日作 柚子種・グリセリン・アロエ』と書いてあった。平成25年か、まだ新しい。他には、平成22年に作ったものもあり、まだ使えるという。『へえ~、すごいなあ』と感心しながら見ていると作り方を教えてくれた。

1. 柚子の種をよく洗い瓶に敷き詰める

2. 1リットルの焼酎を入れる
(芋でも麦でもなく米の焼酎らしい。本格焼酎ではなく化粧水のほか果実酒等にもつかえるものだという)

3. グリセリンを適度に入れる
(ちょっと粘り気を出すためだそうだ)

4. アロエの棘を削り、よく引き裂いて細く切って入れる

 これで、柚子種化粧水(アロエ入り)の完成だ。以前のエッセイでも書いたが、母は、柿の皮やリンゴの皮、芯を干したものを漬物に入れる。果物の皮や種まで無駄にしないその精神は本当に素晴らしい。母だけではない。母の世代の人たちは皆、ものを大切にした。日本が世界に誇る和食の料理人の方々にしてもそうだ。どんなものでも無駄にせずに使い切る。ものを無駄にしないのは日本人の美徳のひとつだ。ぼくたちもその点を常に心がけ、母たちの世代を見習わなければならない。特に、子供たちに伝えたいと思う。子を持つお母さん、お父さん、どうかよろしくお願いします。

 もうすぐ55歳になろうという男が女性と肌の話ができるなんて、考えてみたら幸せだ。これからは、肌の話になったら母自慢をさせてもらうことにしよう。柚子種化粧水(アロエ入り)と書いてある容器の写真がアイフォンにある限り、ぼくはだいじょうぶだ。 (了)

(C)2016 SHINICHI ICHIKAWA
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