<二十八の葉>
オノマトペ

 以前、生まれてしばらくは子守唄を聴いていたはずだと書いた。まず間違いはないだろう。家の中でジャズやロック、あるいは演歌や民謡が常に流れていたという記憶はない。ロックミュージックの中で育ったなんて人は今では珍しくないだろうが、1960年代前半に生まれた僕たちの世代ではそういう家庭環境は稀だったように思う。戦後まだ20年しか経っていなかった。国がやっと落ち着きと自信を取り戻してきたころだ。やがて4歳になって保育園に通うようになると(僕は3年保育だった)童謡やお遊戯の歌を覚えるようになる。そしてそのころから僕たちはテレビ漫画に釘付けになった。

 ブラウン管に映し出される白黒の世界には限りない夢が広がっていた。名作という名作が放送され続けた。主題歌を覚えて一緒に歌う。当時はまだアニメソングとは言っていなかったような気がするがどうなのだろう。『狼少年ケン』の主題歌が好きだった。「♪ワ〜オ ワ〜オ ワオ〜 ボバンバ バンボン ブンボバンバババ ボバンバ バンボン ブンバボン〜」僕はこのフレーズを聞くと居ても立ってもいられなくなり、いつだろうがどこだろうが踊り始めていた。体が自然に反応してしまっていたのだ。彦まろ風に言えば「太鼓と言葉、リズムとリズムの化学反応やあっ」ってところか。今でも覚えているそのころの曲を挙げてみる。できる限り当時の僕が歌っていたままの言葉、イメージしていた言葉で書いてみる。発表年は前後するかもしれないがご勘弁を。

 ◆『マグマ大使』「♪シャキ〜ン シャキ〜ン シャキンシャキンシャキン シャキ〜ン シャキ〜ン シャキンシャキンシャキン アースが生んだ正義がマグマ〜」
 ◆『鉄人28号』「♪昼の街にガオ〜 (バンガオ〜)夜のハイウェイにガオ〜 (バンガオ〜)ガガガガガ〜ンと玉が来る バババババ〜ンと破裂する ビューンと飛んでく鉄人28号〜」
 ◆『鉄腕アトム』「♪ほほよせて ラララ 星の彼方 行くぞ アトム〜 ジェットの限り〜」
 ◆『ウルトラマン』「♪胸に付けてる マークは流星 自慢のジェットで敵をうつ 光の国から僕らのために 来たぞ 我等のウルトラマン〜」

 40年前の記憶は曖昧だ。間違っているかもしれない。(※たとえば多くの人が『巨人の星』の主題歌『行け行け飛雄馬』の「♪思いこんだら試練の道を〜」という歌詞を「♪重いコンダーラ試練の道を〜」と勘違いしていたように…僕もコンダーラってなんだろうと思っていた)せっかくだから上記の4曲を解説してみよう。まずは『マグマ大使』。最初の「シャキ〜ン…」は「カキ〜ン…」かもしれない。それに、もしかしたらこの「シャキ〜ン」は歌詞ではなく映像と、それに合わせた音だったのかもしれない。マグマ大使が変身するところを五つの動作、カットで映していたような気がする。子供はそんな擬音をも歌として捉えるのだろう。メロディは勇壮で期待感にあふれる。マーチ風の2拍子だ。このメロディは3連のシャッフルで演奏してもかっこいいと思う。『鉄人28号』 の「バンガオー」は鉄人の雄叫びだ。この叫び、原作の漫画にはカタカナで表記されていたのだろうか。覚えはない。なかったとしたらみんなにはどう聞こえていたのだろう。しかし鉄人の口は常に真一文字に結ばれている。声はどこから発せられていたのだろうか。「ガガガガガ〜ン」と「バババババ〜ン」も正確だか疑わしい。鉄人は太平洋戦争末期に日本陸軍によって作られた秘密兵器、幾多の試作品を経て28番目で完成した。この設定を考えると複雑な気持ちになる。『鉄腕アトム』のテーマ曲、「ほほよせぇて〜 ラララ 星の彼方〜」の「ラララ」はまず詩として素晴らしいと思う。歌にリズムが生まれ、勢いや高揚感が増す、という効果もあるように感じられる。詩人・谷川俊太郎の手による。この人、詩はもちろんのこと、詩以外の表現のセンスも抜群だ。翻訳、絵本、朗読と幅広い。更に「ほほよせぇて〜」の「よせぇて」はクロマティック音階になっているため当時子供の音楽としては難しすぎるという論議を呼んだらしい。メロディは秀逸だ。本当に夢と希望を与えてくれた。『ウルトラマン』は「胸に付けてるマークは流星、自慢のジェットで敵をうつ…」とここまでは科学特捜隊のことを言っているのに「光の国から僕らのために 来たぞ 我らのウルトラマン」といきなりウルトラマンの話になる。これは意味として変だと思うがどうだろう。曲のリフはロックだ。キイを「D」として音で表すと「♪レレララドドララ・レレララドドララ〜」。ギターやベース、ピアノが傍にあったら弾いてみて欲しい。かっこいいでしょ。注) 粒を揃えて弾いてください(笑)。

 当時聞いていた音と実際の歌詞の違いを楽しむことの他にもうひとつおもしろいことがある。オノマトペである。(※オノマトペとは「擬音語」「擬声語」「擬態語」の総称である。「擬音語」…実際に聞こえる音を言葉で表したもの、たとえばドアの開く音「ぎい」、風の音「ヒュ〜ヒュ〜」、「ビュ〜ビュ〜」、「ピュ〜ピュ〜」など。「擬声語」…人や動物の声を模して言葉で表したもの、たとえば犬は「わんわん」、猫は「にゃあにゃあ」、烏は「かあかあ」など。「擬態語」…物事の様子や身振りを音に見立てて言葉で描写したのもの、たとえば「どんより」は曇って薄暗いさま、「しんしん」は雪が静かに降り続くさま)『狼少年ケン』の「ボバンバ バンボン…」 も 『鉄人28号』の「バオ〜」も「ビュ〜ン」もオノマトペだ。魔法使いサリーの「マハリクマハリタ ヤンバラヤンヤンヤン…」はどうか、呪文だがオノマトペ的ではある。

 日本語にはこのオノマトペの表現がものすごく多い。日常に氾濫している。音をそのまま言葉にしてしまうなんてやはり奧が深い。日本語を覚え始めた外国人にはとても不思議に思えるらしい。不思議というよりおもしろく感じるというのだ。自然の状態、形を表す表現としても芸術的だと言い切っていい。日本には世界に類をみないほど美しい四季がある。この四季が独特の“色”や“言葉”を育んでくれたのか。改めて日本人であることをうれしく思う。おもしろいオノマトペで、パッと思いついたものをいくつか紹介しよう。1940年に公開された映画『風の又三郎』(原作:宮澤賢治)では又三郎の登場する場面で「♪どっどど どどうど どどうど どどう どっどど どどうど どうどど どどう 青いくるみもふきとばせ すっぱいかりんもふきとばせ」と原作の冒頭に書かれている言葉がほぼ忠実に歌われていた。そういえば、後半の「〜すっぱいかりんもふきとばせ」のメロディだが「す」から「かりんも」まで、クロマティックで7音も下がっている。前出のアトムのクロマティックは3音のみだ。戦前の方が進歩的だったのか。中原中也の詩『サーカス』の中にもおもしろい表現がある。「サーカス小屋は高い梁 そこに一つのブランコだ 見えるともないブランコだ 頭さかさに手を垂れて 汚れ木綿の屋蓋のもと ゆあ〜ん ゆよ〜ん ゆやゆよん…」ブランコの揺れるさまを「ゆあ〜ん ゆよ〜ん…」とはすごい。言葉の奥底まで響いている。彼も感性の鋭い人だったのだろう。これらのオノマトペ、「どっどど どどうど」にしても「ゆあ〜ん ゆよ〜ん」にしても何か豊さや暖かさが感じられる。やはり時代を映すのだろうか。最近では『サトウキビ畑』の「ザワワ ザワワ ザワワ…」が心に沁みた。そして書かなければならないのが漫画『北斗の拳』だ。「アベシ」「ヒデブ」「タワバ」…この漫画の断末魔の表現は枚挙に暇がない。これもまた違った意味で新しい。

 考えていたらひとつだけどうしても声に、言葉に表せない“音”があるのに気付いた。『ゴジラ』の声だ。「KKHYTFGBBCDRHJJKFYUYHHJ〜〜〜」とでも書いたらいいのか。あの声を表現しようにもトライさえできない。楽器のひとつであるコントラバスの弦を松ヤニをつけた革手袋で思い切り擦った音だというのは有名な話だが、あの音は怪獣の声の原型、源となった。伊福部昭作曲の『ゴジラのテーマ』も勇壮で素晴らしい。「タララ タララ タラララ タラタララ…」 4分の9拍子の名曲だ。ゴジラの声には唸り、嘆き、呻き、悲鳴、咆哮、雄叫び、勝ち鬨…喜びと悲しみの入り混じったすべての感情が含まれている。余談だが『ゴジラ』のハリウッド・リメイク版は哀れなほどの駄作だった、と僕は思う。僕らの大ヒーロー・ゴジラがあんな恐竜にしか見えないなんてそのセンスのなさには呆れてしまった。日本側もあんなものを作らせてはいけない。本家本元、オリジナルゴジラの偉大さを、すごさをもっと認識するべきだった。

 日本語を当たり前に使えるということがこれほどうれしいなんて…そう考えるともっともっと日本語を噛みしめてみたくなる。

……………………

※以下、参考までに正しい歌詞(1番のみ)を載せておきます。

◆マグマ大使

アースがうんだ 正義のマグマ
地球の平和を まもるため
ジェット気流だ 新兵器
「SOS」「SOS」
「カシン」「カシン」「カシン」
とびだせ ゆくぞ 大地をけって
きょうも マグマは 空をとぶ

※「シャキ〜ン」でも「カキ〜ン」でもなく「カシン」だったんだ。(依知川)


◆鉄人28号の歌

ビルのまちに ガオー
夜のハイウェーに ガオー
ダダダダ ダーンと 弾玉(たま)がくる
ババババ バーンと はれつする
ビューンと 飛んでく 鉄人28号

※「ヒル」じゃなくて「ビル」か…とほほ。そういえば最初の場面はビルだった。(依知川)


◆鉄腕アトム

空をこえて ラララ 星のかなた
行(ゆ)くぞ アトム ジェットのかぎり
こころやさしい ラララ 科学の子
十万馬力だ 鉄腕アトム

※なんで「ほほよせて」なんだろう。まったくもって分からない。2番にも3番の歌詞にも出てこない。(依知川)


◆ウルトラマンの歌

胸につけてる マークは流星
自慢のジェットで 敵をうつ
光の国から ぼくらのために
きたぞ 我等のウルトラマン

※もしかしたら流星のマークはウルトラマンのカラータイマーのことを言っているのか。地球防員が胸に付けていた流星型のシンボルマーク(トランシーバーにもなる)はお菓子に付いていた応募券(何かを何枚か集めて送り、更に抽選でもらえた)を集めて手に入れた。本当の宝物だった。(依知川)


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