<三十一の葉>
苦悩

 2006年9月27日、北海道日本ハムファイターズがパリーグ1位通過を果たした。3位以内が出場できるプレーオフへの進出は決定していたが、1位で通過した意味は大きい。1位とそうでない場合とではあきらかに差がある。今年からルールの変更があり、1位通過したチームにはリーグ優勝決定戦で1勝のアドバンテージが与えられることになったからだ。ソフトバンクホークスは昨年、一昨年とレギュラーシーズンを1位で通過したにもかかわらずプレーオフを勝ち抜けなかった。不運としか言いようがなかったが、このことが1シーズンを戦い抜いて1位となったチームには「せめて何かしらのアドバンテージを与えよう」というルール変更のきっかけとなった。プレーオフではまず2位のライオンズと3位ホークスがファイターズとの優勝決定戦進出を賭けて戦い、先に2勝したチームが決定戦への切符をつかむ。決定戦では先に3勝したチームが優勝なのだが、1位通過のチームには無条件で1勝が与えられるためファイターズは2勝すればいいということになる。もちろん勝負は水物だから3チームすべてに優勝のチャンスがある。

 先週の24日の試合で日本ハムファイターズに問題が起こった。興味深かったのは問題そのものよりも、その問題に対して球団が出した結論やチームのその後の対応だった。この日のマリーンズ戦にはファイターズのエース金村投手が先発、4-1とリードして5回裏を迎えた。この回を抑えれば勝ち投手の権利を得られる、というところからドラマは始まった。金村投手はあせっていたのか2アウト、ランナー2塁からフォアボールでランナーを出し、レフト前ヒットを打たれ満塁としてしまった。この試合に勝てば10勝目、5年連続2桁勝利がかかっていたし、あと1回3分の1で規定投球回に達するという彼にとっては本当に大事な場面だったが、ヒルマン監督は勝利投手の権利を得るまであと1アウトのエースを見切った。結果は最悪だった。代わった次の投手が打たれ試合にも敗れた。怒りの収まらない彼はあろうことか降板後も批判し続けた。「絶対に許さない。外国人の監督だから個人の記録なんてどうでもいいんでしょ。顔も見たくない。」優勝のかかったチームのエースでありながら出てくるのは個人的な不満だけだった。

 金村投手の気持ちもわからないではない。5年連続で2桁勝利することも規定投球回に達することもピッチャーにとっては勲章だ。達成できるかどうかが来季の年俸を大きく左右する。今季最終登板だということもあっただろう。エースだというプライドもあっただろう。しかし、こういう大事な時だからこそ個人的な不満を公にするべきではなかった。チームメイトが、後輩の投手たちが、ファンが、野球選手に憧れる子供たちが見ていた。球団が決定した処分は厳しかった。プレーオフ終了までの出場停止と罰金200万円。これは重い。プロ入りして初めてのビールかけにも参加できなかったのだ。それどころかチームメイトや監督に直接謝ることも許されてはいない。今まで何のために野球を続けてきたのか。このビールかけのためではなかったのか。暴言だけでなんでそこまでの罰則を、と感じる人がいるかもしれないが、スポーツの世界では許されることではない。ルール違反以前のモラルの問題である。社会人野球、大学野球、高校野球、中学野球、少年野球、草野球とあらゆる世代で国の隅々まで深く根を張っている野球のような人気スポーツなら尚更だ。野球界だけではなくスポーツ界全体のイメージダウンにも繋がってしまう。スポーツマンシップの問題なのだ。

 間違いは誰にでもある。失敗だってするし、恥ずかしい思いだってする。落ち込んだことのない人や悔しい思いをしたことのない人がいるのなら会ってみたいがそんな人はいるはずがない。人間だからだ。人間は迷い、苦しむものだからだ。それは金村投手にとっても、球団関係者にとっても、チームメイトにとっても、ファンにとっても“苦悩”だった。彼にしてみたらこの世から消し去ってしまいたいに違いない出来事だろうが、彼は今その結果を真摯に受け止め、反省し、次に向かおうとしている。「解雇されてもおかしくないのに寛大に受け止めてもらった。今は大事な時期だしチームの勝利を祈って陰ながら応援したい」本音だろう。スポーツマンらしい潔さがある。始めはこのように実名で書くのは失礼かなとも思ったが、誰の身にも起こり得ることだし、その後の球団、監督、彼自身、チームメイト、ファン、彼の周りのありとあらゆる対応が気持ちよかったことを、想いそのまま伝えたかった。ヒルマン監督、高田GM、島田本部長ら球団側の迷いのない決断や発言には厳しさの中にも金村選手に対する深い愛情さえ感じられた。25年ぶりの優勝を賭けた試合からエースを外すという“勇気”からも、ただ勝つことだけが目標ではない、正々堂々と勝負すればいい!という決意が伺えた。それらを受け止めた金村投手の真っ直ぐな苦悩、反省…。自分が何を背負って投げているのかがはっきり分かったはずだ。チームメイトの無言の激励もすごい。チームは泰然自若として戦った。表向きは何事もなかったかのように平然としていたが、チームの結束の堅さは誰の目にもあざやかだった。1位の座をかけて最後の最後まで力の限りを尽くして勝った。札幌ドームの超満員のファンの声援と北海道民の想いは球団に、謹慎中の金村投手に、グラウンドで戦う監督、コーチ、選手たちの心に染み渡ったに違いない。

 プレーオフを勝ち抜いてパリーグの優勝を掴んだら、次に目指すのは日本シリーズ優勝、そしてアジアチャンピオンだ。スポーツだから結果の予想は難しいし、どうなるかはまったく分からないが、ぜひプレーオフを制覇して日本シリーズを戦ってほしいと思う。球団にも監督にもチームメイトにもファンにも許され、自らを戒めて再びマウンドに立つであろう金村選手の勇姿を見てみたい。胸を張って思い切り投げる姿を見てみたい。苦悩の先には何があるのかを見てみたい。ビールかけはあと3回残っている。

(C)2006 SHINICHI ICHIKAWA
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