<七十八の葉>
年神

 1月も10日を過ぎるともう新しい年に“馴染んで”しまい、あっと言う間にフェイドアウトしてしまった正月気分はすでに時の彼方だ。街の景色も迎えたばかりの2008年にすっかり慣れきっているように映る。ここ数年、とみにこう感じられるのだがこれは現代社会の急ぎ足が年々加速しているためなのか、それとも歳を重ねてくるとそう感じるようになるためなのか。どちらもあたっているように思えるがあくまでも主観的な問題だ。ぼく自身がこう感じているだけで20日になっても名残を惜しむかのように正月と向き合っている人がいるかもしれない。

 日本人は正月をことのほか大切にしてきた。正月には“年神様”という新年の神様が各家に降りてくると考えられ、その年の幸運を授けてもらうための様々な習慣が定着したそうだ。多くの伝統的習慣が忘れられていくなかで初詣やおせち料理、雑煮を食べる習慣など正月行事は現在まで大切に守られてきた。それにしてもなんとも賑やかな日本の正月。当たり前のようにやっていることでも分かっているようで分からないこと、知っているようで知らないことがたくさんある。正月だけに使われる言葉やしきたりは多い。初日の出、初詣、賀正、迎春、門松、しめ飾り、鏡餅、お屠蘇、おせち料理、雑煮、若水、書初め、お年玉、凧揚げ、すごろく、羽根突き、七草粥…いくらでも出てくる。これらの中からいくつか興味のあることについて調べてみた。まずはお年玉だ。

 お年玉!なんてワクワクする響きなのだろう。子供たちにとっては正月の代名詞と言ってもいいほど魅力的なものだ。ぼくも子供のころは元日の朝起きると『あけましておめでとう』もそこそこにお年玉を渡されるのを今か今かと期待したものだ。親戚への挨拶まわりにも喜び勇んで付いて行った。「はい、お年玉」と、そっと手渡されたときの喜びと袋を開けるときの期待感は何ものにも換えがたかった。もともと“玉”には“魂”という意味があり、お年玉は年神様に供えた餅を下ろしてそこに宿っている神様の霊と共に年少者に分け与えたのが始まりらしい。地域によっては今でも元旦に年神に扮装した村人が各家を回って子供たちに丸餅を配って歩く風習があるというが、この“丸い餅”のことを“年玉”と呼ぶようになったというのが名の由来だという。なるほど…。納得できる。ちなみに、ぼくは2年前から500円玉貯金をしておいてそれをお年玉として甥や姪に渡すようにしている。その名の通り“玉”ということで子供たちの受けもまあまあだし、こちらも特別な出費として気にしなくてもいいのでなかなかのアイデアだと思うのだがどうだろう。もうひとつおもしろい記述を見つけた。お年玉を入れる小さな熨斗(のし)袋のことを“点袋”(ぽちぶくろ)という。ぽちぶくろの“ぽち”は「これっぽっち」の“ぽち”で、ほんのわずかな金額を入れるというところから来ているそうだ。知らなかった。そういえばおばあちゃんは亡くなるまでずっとお年玉をくれていた。30歳を過ぎてももらえるお年玉は尊いものだった。

 お年玉の次はおいしい話。(※この“おいしい”は本来の意味での“おいしい”です。)まずはおせち料理だ。“おせち”は、もともとは年に何度かある節句(節供)に年神様に供えるための“お節”料理だったが、正月がもっとも重要な節句ということからやがて正月料理に限定されるようになった。当初は松の内(1月1日から7日まで)の間に食べるものだったが次第に三が日(1月1日から3日)に食べるようになったようだ。おせちは年神様に供える料理であると同時に家族の繁栄を願うための縁起物でもあるから日持ちのする材料で作ってあり、料理それぞれに意味がある。単なる語呂合わせやこじつけもあるがそれも微笑ましい。代表的なものをいくつか挙げてみる。

◆蒲鉾…半円形の形が日の出に似ているから。紅白の紅は「邪気を祓(はら)う」、白は「清らかな心」を意味している。
◆田作り…カタクチイワシの幼魚を塩水で洗って干し、醤油、みりん、砂糖、赤唐辛子を煮詰めた液をからめたもの。田の肥料としていたことから五穀豊饒を願うめでたい食べ物とされる。
◆数の子…ニシンの卵を天日干し、または塩漬けにしたもの。数多い子にかけた子孫繁栄の縁起物。
◆栗金団(くりきんとん)…栗の裏ごしと栗の甘露煮を合わせたもの。裏ごしはさつま芋で代用することもある。金団は黄金の塊、財宝をあらわし金運をもたらすもの。
◆海老…火を通すと背が丸くなるところから腰が曲がるまで長生きできるようにとの願いが込められている。
◆昆布巻き…養老昆布と書いて“よろこぶ”と読ませ不老長寿とお祝いの縁起もの。古くは“広布”(ヒロメ)と呼ばれていたが音読して昆布になった。ヒロメとコンブで慶びを広めるの意。
◆紅白なます…お祝いの時に使う紅白の水引に見立てて人参(紅)と大根(白)を使って作られるなます。
◆黒豆…黒は邪気を祓い長寿をもたらす色。また、“まめ”に暮らす、“まめに”働くという意味でも好まれる。
◆金柑甘露煮…金柑は金冠とも書き財宝を象徴している。
◆八つ頭…サトイモの一種で親芋から小芋の茎が伸び密着して大きな塊になるのが特徴。八方に頭があるように見えることから、万事において人の上に立つことを意味する。
◆煮しめ…家族が仲良く一緒に結ばれるようにという願いが込められている。

 おせちの次は“雑煮”だ。もともと雑煮は年神様に供えた餅を野菜や鶏肉、魚介などと一緒に煮込んで作った料理だ。地域によって特色があっておもしろい。関東では角餅に醤油仕立て、関西では丸餅に白味噌仕立てが有名だがその他にも一度は食べてみたい雑煮がたくさんある。岩手県の餅に甘いクルミだれをつける“くるみ雑煮”、新潟県の鮭とイクラが入った田舎雑煮、兵庫県では天然じゅんさいで彩られた“儲かる雑煮”、島根県には磯の香り漂う“岩海苔雑煮”があり、香川県にはあんころ餅の入った“あん餅雑煮”がある。想像もつかないものもあるが男は度胸だ。挑戦してみたい!光の実家では関東風の雑煮、醤油のすまし汁に角餅だ。具は鶏肉と三つ葉のみ、海苔をたっぷりとかけて食べる。大きめの器に大きめに切られた餅がみっつ入っている。美味い!!雑煮は大好きで時々食べたくなるのだが、正月の印象が強すぎるせいかなんとなく普段は食べてはいけないもののような気がして雑煮とは呼ばずに食べている。正月からお金と食べ物の話しか想像できないようでは少々情けない気もするが、食に対する好奇心は健康である証拠と前向きにとることとする。

 最後に“夢”の話を…。初夢は1月2日の夜から3日の朝にかけてみる夢のことで、1月1日の夜に見る夢のことではない。今年の1月2日にはめずらしく夢をみた。はっきり覚えていないが爽快な目覚めだった。めったに見ることのない初夢がいい夢だったとしても悪い夢だったとしてもやることはひとつだ。前に進むこと!日々勝負だ。結果はその時まで分からない方がいい。勝負とはそういうものだ。勝つことにも負けることにも意味はある。年神様は15日に神の国へと帰っていった。はたして幸運の種を蒔いていってくれたのだろうか。それにしても年神様、来年の正月まで何をしているのだろう。

(C)2008 SHINICHI ICHIKAWA
---------------------
PAGE TOP
目次
ESSAY TOP
BBS
HOME