<十三の葉>
WBC

 WBC。World Baseball Classic の略である。サッカーの『ワールド・カップ』のように“野球世界一決定戦”をやろう!とアメリカが手を挙げてから実現するまで、2年とかかってはいない。何年も前から数少ない野球をたしなむ国の人々の口に昇っていた話だが、まったく現実的ではなく実現はかなり先だろうと思われていた。「オリンピックの種目から野球を削除してもいいのではないか」という動きが出て、野球大国であるアメリカが焦り始めたことが直接の原因だろうと言われている。実際に北京オリンピックが最後の舞台となるらしい。野球は世界的スポーツではない。今回のWBCも出場しているのは16ヶ国だけだ。アメリカ、カナダの北米2ヶ国とキューバ、ベネズエラ、プエルトリコ、ドミニカ等の南米6ヶ国を除くと、アジアから日本、韓国、中国、台湾の4ヶ国、ヨーロッパからはオランダとイタリアのみ、あとはオーストラリアと南アフリカだけだ。サッカーとは比べるまでもない。国別対抗戦として一応形にはなったが煮詰めなくてはならない問題はたくさんある。見切り発車的な部分が多く、結果として試合を重ねるうちに準備不足が現実問題として持ち上がってしまった。ところで大会名は、本来なら世界一決定戦『ワールド・シリーズ』とするべきところだが、この名称はすでにアメリカでのナンバー1、すなわちメジャーリーグの優勝決定戦に使われているために他の名が考えられた。『World Baseball Classic』−苦肉の命名だと聞いたがなかなかいいネーミングだ。

 じっくりと練られた大会ではなかったがもちろん日本も参加した。誰よりも選手がうれしかったに違いない。サッカー日本代表チームのワールドカップ出場やプロ野球選手のオリンピック出場で、選手たちは国を背負って戦うことの重さや素晴らしさを思い知らされた。野球選手はサッカー選手が羨ましかったはずだ。ピッチで繰り広げられる4年に一度の真剣勝負、代表メンバーに選ばれることの誇りと意義、そして無条件に国民が応援し熱狂する姿…。予選ですらかなりの関心事であり、グローブやバットよりもサッカーボールを欲しがる子が増えた。国を代表して世界規模の試合に出てみたい!どんなスポーツの選手でも考えて当然だ。特に少し前までの日本では体力に恵まれている人や身体能力の高い人の多くは野球を選んだ。WBC日本代表チームの選手たちは日本の超エリートスポーツ選手たちである。彼らは国民としてサッカー日本代表を応援しながらも悔しさをにじませていたに違いない。それ故に開催決定の喜びはひとしおだったろう。王監督やイチロー選手の言葉が響いた。代表選手に選ばれたことをどんなに光栄に思っているか、国のために日本の野球界のために尽くそうとするその想いがすべての代表選手を通して国民の心にまで伝わった。それだけに松井選手と井口選手の辞退は残念だった。憎まれ口はあまり叩きたくないのでここではグッと我慢するが思うことはたくさんある。

 1次リーグを予定通りに勝ち進んで2次リーグへと駒を進めた日本チームは奇跡的にベスト4に進んだ。この経緯は僕が書くまでもないだろう。しかし災い転じて福と成すとはこのことだ。ボブ・デビッドソンという愛国心のちょっと強い時々ヤンチャするアメリカ人審判は、日本チームの結束を更に深めてくれたばかりか、あからさまに身びいきな判定でWBCにあまり興味のなかった日本人や、優勝して当たり前と思っているアメリカ人の関心をWBCに引き寄せてもくれた。そしてなんとアメリカとの最終試合前だというのに練習もせずにディズニーランドで遊んでいたメキシコチームにも喝を入れてくれたのだ。あきらかなホームランを2塁打にされてはメキシコチームも黙ってはいられない。ボブさんはそっと闘争心に火を点けてくれたのだ。その結果、アメリカがメキシコに1-2でまさかの敗北、日本は99%無理だと言われていた準決勝進出を果たした。日本が準決勝に進出するためにはアメリカが負けて1勝2敗で日本、メキシコと並び、更に2失点以上することが条件だった。この結果は素直にうれしいがアメリカの野球ファンは二重に惨めだ。メジャーリーグの誇りを傷つけられたばかりではない。対日本戦でのアメリカの勝利は誤審に助けられたものというのが大方の見方だ。もし日本チームが同じように日本人審判の誤審で勝ったとしてもうれしくはない。彼らの気持ちは察して余りある。他の競技の国際試合のように第三国の審判が裁くようにしなければ権威も何も生まれない。3年後の大会ではこういった問題をすべてクリアーにしてほしい。

  3月19日の準決勝、2連敗していた韓国に「三度は絶対に負けられない」と臨み、勝った!韓国チームは強かった。日本が準決勝に進出していなければ絶対に優勝して欲しかった。韓国政府は国民に喜びと勇気を与えた代表選手の兵役免除を決定した。韓国の兵役免除は、今まではオリンピックで3位以上、アジア大会で優勝、サッカーのワールドカップでベスト16以上が対象だったが彼らは名将キム監督の下100%の力を出し切ってその適用を受けた。兵役とはどういうものなのか僕には想像もできない。きっと青春真っ只中の2年はつらいだろうなと思う。隣の国のことすら何も分かっていない…。

 それにしても王監督のかっこよさが一際目立つ。コメントの一言一言にスポーツマンとしての誠実さと厳しさ、そして優しさまでもが感じられる。2次リーグの初戦、対アメリカ戦での疑惑の判定後の記者会見でも、不可能と言われていた準決勝進出が決まった後のインタビューでも態度や姿勢、言葉遣いまでもが立派だった。まさしく武将の姿。

 21日のキューバとの決勝では勝ってぜひ優勝してほしい。決勝に進んだ2チームを見てみると改めて野球はチームスポーツなのだなあと思う。メジャーリーガーを中心とした強い“個”の集まりであるアメリカや南米のチームが、結束を固めた“和”のチームに敗れていった。決勝では、いまや日本球界ナンバー1投手の松坂選手に託そう。5-4とか4-3といった緊迫した試合になりそうだ。第1回大会での優勝なんてすご過ぎる!でも、もし負けたとしても日本、いや韓国と共にアジアの野球のレベルの高さを示せたことがうれしい。

 日本チームに限らず国を背負って戦う男たちは美しい。その真剣な表情を見るだけでも価値がある。そして、何よりも力を出し切ろうとするその気持ちのありようを学びたい。 
 

(C)2006 SHINICHI ICHIKAWA
----------------------
PAGE TOP
目次
ESSAY TOP
HOME